題詠100首選歌集(その68)

 すっかり涼しくなった。素足だと冷たく感じるほどだ。秋の旅に出かけてみたくなった。


             選歌集・その68


001:笑(352〜376)
(ちょろ玉)「忘れ物したから今日も来れちゃった えへへ」と笑う君がいる部屋
(春畑 茜) 立秋の朝にふる雨この日ごろ笑へぬニュースばかりが増えて
(佐山みはる) 缶ビール飲みつつ帰るこのゆうべ片笑み見せて犬がふりむく
(vanishe)よるべなき夜の果實か街燈と虚空のあはひ少女の笑ふ
(鳴井有葉ゆでたまごまるまる覆う薄皮のようなバリアを微笑みで割る
yui) カーテンを開ければ部屋にたくさんの笑顔の残像透かす夕焼け
(蜂田 聞)バスを待つ女子高生の笑むときの眼の下の隈ひときわ暗し
027:既(205〜229)
(斗南まこと)もう既に幕は降ろされ舞台にはだあれもいない月も帰った
(ちりピ)もう何も残っていない手のひらのめまいのように遠い既視感
(近藤かすみ)既婚者に恋する権利もうなくてときをり夫の自慢などする
(今泉洋子)長月は既視感(デジャビュ)を誘ひ秋雨をいつかのわれも君と見てゐた
028:透明(207〜231)
(斗南まこと)透明な夢の向こうであのひとが手を振っていた泣いてなかった
(末松さくや)つんつんと水滴落とす 透明な傘でいつもの街を切り取る
今泉洋子)透明の傘ではとても隠せないかはたれ時の気持ちはブルー
(内田かおり)  青空が遠くに行けばコスモスはなお透明な風に寄り添う
036:意図(177〜201)
(香-キョウ-)自分では意図しなかった想いまで読み取るキミを愛しく想う
(斗南まこと) 含んでもいない意図など深読まれ決めつけられて苦い珈琲
(しおり)ついぽろり落ちた涙に意図はなく女の武器とされる不本意
(水風抱月)忘れずに、思い出さずに居てください 君へ捧げたやさしさの意図
(近藤かすみ)彼(か)のひとの言葉の意図をおもひつつ昼の定食揚げ蕎麦を食む
(扱丈博) ゆっくりと押し広げられてゆく意図に治療のように歯をくいしばる
(内田かおり) 真摯なる意図を隠して笑い居る瞳の深き泉は燃える
047:警(155〜179)
(斗南まこと) やさしさに警戒したくなるほどに舌の上にてとろけるプリン
(小林ちい) 警報機みたいに二人を焦らせる 彼女からだと告げる着メロ
(月原真幸)警告の色はいつでも赤いからまっかな傘をさす雨あがり
063:ゆらり(130〜155)
(美木)もう誰も来ないプールの水面にゆらりゆらりといちょうが揺れる
(お気楽堂)かげぼうしゆらりとたちてふわりうくのらりくらりとふらりのあいだ
(ノサカ レイ)竹林ゆらりと揺らし運命のような顔して台風がくる
(水風抱月) 大河にも沈まぬひかり原爆の碑透かしゆらりたゆたう
(暮夜 宴)中指で夢をたどればさみしさはゆらり真昼の陽炎に似て
072:瀬戸(104〜129)
(岡本雅哉)逆らってみたい気持ちをなだめつつ瀬戸内海のうず潮を見る
081:早(77〜102)
(萱野芙蓉)まだ早い、孤独はもつと深くなるカデンツァそして音のない闇
(ほたる)早すぎる後悔抱え空っぽのペットボトルをいくつも潰す
(酒井景二朗) 早々とあきらめた夢ばかりだと手帳を開き苦笑ひする
(斗南まこと)早咲きの桜はひっそり花開く誰も知らない約束が散る
(Re:) あの人のところまでそっと早歩き息切れ隠し交わす「おはよう」
083:憂鬱(77〜101)
(五十嵐きよみ)憂鬱とつぶやいたあとの唇のかたちでいるから慰めにきて
(酒井景二朗) 休日の血は憂鬱を運ぶもの 晝寢の夢は妖怪ばかり
(ほたる) 口紅の輪郭暈ける月曜の朝の鏡に潜む憂鬱
(月下燕) 過去形で語られている八月の給湯室に憂鬱を吐く
(こゆり)カップ麺ほぐれるまでの三分も憂鬱に支配されて月曜
084:河(77〜101)
(流水) 河川敷渡る鉄橋長々と影を伸ばして貨車が過ぎゆく
(春待) グラビアの河合奈保子の胸元に女心も捕らわれた夏
(五十嵐きよみ)サンマルタン運河が窓から見えるならあとはワインがあるだけでいい