題詠100首選歌集(その72)

 随分涼しくなった。昨夜から、思い出したように床暖房を入れている。冷房していたのがつい先日のような気がするのに、季節の移り変りの早さにあらためて驚いているところだ。

<ご存じない方のために、時折書いている注釈>
 五十嵐きよみさんという歌人の方が主催しておられるネット短歌の催し(100の題が示され、その順を追ってトラックバックで投稿して行くシステム)に私も参加して5年目になる。まず私の投稿を終えた後、例年「選歌集」をまとめ、終了後に「百人一首」を作っており、今年もその積りでまず選歌を手掛けている。至って勝手気まま、かつ刹那的な判断による私的な選歌であり、ご不満の方も多いかと思うが、何の権威もない遊びごころの産物ということで、お許し頂きたい。
 主催者のブログに25首以上貯まった題から選歌して、原則としてそれが10題貯まったら「選歌集」としてまとめることにしている。なお、題の次の数字は、主催者のブログに表示されたトラックバックの件数を利用しているが、誤投稿や二重投稿もあるので、実作品の数とは必ずしも一致していない。


        選歌集・その72


022:職(226〜251)
今泉洋子) 就職の旅立ちの夜に揺られたる杳(とほ)き彼の日の寝台列車
(文月育葉)職業欄 歌人と書いて消している主婦です(カラオケ屋のバイトです)
(佐山みはる)職ひきて四半世紀をたゆたへる父の鞄が戸袋にある
(内田かおり)職人の眼差しの中埋み火のありてかたちは生を吸い込む
(里坂季夜)看護師に教師に詩人ありえない結果ばかりの適職占い
(フワコ) 座敷ねこが我が天職と思いつつ我が家の座敷ねこを撫で居り
(鯨井五香) 閑職の机の日なたほのぼのとあんぱんのくずあたためており
(久野はすみ) 職安をハロワと呼べど肌寒くハイビスカスのお茶にしましょう
(青山みのり) 午前九時すずめの影を市役所の職員として道に数えぬ
032:世界(201〜225)
(兵庫ユカ)誰も飢えては誰も撃たれてはないように都市の名がある世界の天気
(おっ)友達の世界ばかりが先をゆく自分はいつも少し醜い
(泉) 風と来る虫の音著きけふの日は世界の端に腰掛けてをり
(佐山みはる)新世界の真中にたちてけつたいな神祀りをり通天閣
050:災(157〜181)
(水風抱月) むず痒き災い来たりて胸を刺す 汝が形に居残る残滓
(近藤かすみ)災ひに備へて購ひしカンパンの缶の男はバグパイプ吹く
(惠無) 少しずつ小分けに届く災いにいつしか慣れて進む日常
055:式(152〜176)
(駒沢直) いまはもう君の葬式出なくてもいいやと思う 一人梨剥く
(近藤かすみ)ふみの日の記念切手にぽつちりと紅のくちびる紫式部
今泉洋子) 千年紀など騒がれて去年よりも紫式部は艶めきて見ゆ
(内田かおり) 洋箪笥の中で眠れる式服をふと思い出す雑誌めくりつ
056:アドレス(151〜175)
(おっ)携帯の転勤族はアドレスを変えた連絡ばかりをよこす
(TIARA)天国へのアドレス欲しい夜もあり 夢のなかでも逢えないあなた
(睡蓮。)何年も前のアドレス今もまだそのままだっただけでうれしい
月夜野兎) 勇気出し送信ボタン押してみるアドレス変わっていないと願って
今泉洋子) 増えゆくは歌の縁(えにし)の友ばかりアドレス帳は黒く光りて
(空山くも太郎)アドレスに君の秘密がありそうで読み解く帰りのひとりの時間
069:隅(126〜150)
(お気楽堂) 月曜の三面記事の片隅に信じたくない訃報見ており
(岡本雅哉)ブランドのショップ袋の片隅にホンネ隠してランチを食べる
078:アンコール(103〜129)
(しおり) 片恋のひとり芝居に幕を引きアンコールなき現実に泣く
(おっ)アンコールして欲しそうにステージの楽器は薄い光を浴びる
080:午後(106〜130)
(本田鈴雨)さういへば午後に聞くあの金属を打つ音けふは雨に低まる 
(橘 みちよ) 台風の目の通りゆくつかのまの午後のしづもり風吹かむとす
082:源(101〜125)
(村木美月) わたくしの源泉深く湧きいづる思いの丈を短歌に込める
(emi)源流を下るカヤック見とどけてブナの森にて深呼吸する
(本田鈴雨) いさぎよき弧の濃みどりを立たしめて源平蔓のかづら日に向く
(暮夜 宴)ひとまわり下の男の腕のなか忘れかけてた源流を見る
092:夕焼け(76〜100)
(Re:) 閉じ込めてしまいたかった夕焼けの色に染まった君の横顔
(春待)夕焼けに染まる校舎の内側はもう戻れない青春の日々
(ちょろ玉)ユニフォーム姿で走る山道の果てからいつも見えた夕焼け
(こゆり) さみしさを共有できないひとといて夕焼け色のピアスを揺らす