題詠100首選歌集(その73)

           選歌集・その73


002:一日(327〜351)
(内田かおり) たっぷりと朝が満たされ一日を駈けだしているスニーカーの白
(佐山みはる)やうやくに一日果つる心地してボトルの水をひといきに干す
(vanishe)血のごとき青ひろげたる夏空に抱かれてをり海邊の一日(ひとひ) 
(鳴井有葉)エプロンを握る両の手過去からは誰も帰ってこない一日
(里坂季夜) あのころの一日一日を編み込んだストールいまだ五分咲きのまま
(蜂田 聞)風強き一日を経て栗の実は大方落ちて拾われており.
(青山みのり) 永遠に予習のできぬ母親業 ふりかえってもひとひは一日
017:解(257〜281)
(冬鳥)雪解けのみず満ちてくる三月のひかりは静か この道をゆく
(佐山みはる) 解凍のさんまといへど眼のすめる三尾パックを迷はず買ひぬ
(内田かおり)滑らかに霧は解けて流れゆく湖畔の木々を薄く湿らせ
(Makoto.M) どっしりと河馬は佇む〈解説〉を先に読まない男のように
(里坂季夜)ひとことで謎がほろほろ解けてゆく胸苦しさのあとの空洞
052:縄(153〜177)
(お気楽堂)禍は足りているからこののちは福が来ないと縄が綯えない
(おっ) 結び目が重しになっていつもより風を多めに裂いた縄跳び
(近藤かすみ)太毛糸の編み目たまゆら休ませて縄に捩じりぬともしびの下
(内田かおり)人混みの中のひとりの足取りに小さく作る縄張りがある
054:首(152〜176)
(湯山昌樹) 雁首をそろえて大目玉をくらい頭を下げたあの夏の昼
(やすまる)身一つでむかえる朝の冷たさに首の後ろをひっそり洗う
(村本希理子) 背を丸め靴を履くきみ首のみが細き男と時折思ふ
(月原真幸)首つりを思いうかべる つり革が規則正しく並ぶ通快
今泉洋子)永久に首の繋がる主婦われはけふも小春日に蒲団干しゆく
066:角(131〜155)
(睡蓮。)秋空に一対の鳥行きにけりゆったりビルの角から角へ
(志井一)空缶は横から見ると四角だが上から見ると灰皿になる
(近藤かすみ)三角を四枚寄せたるパックにてコーヒー牛乳一合を飲む
(bubbles-goto)明け方の森の湿り気充ちる部屋 触角だけを震わせている
068:秋刀魚(126〜150)
(ちょろ玉)どこまでも秋はさびしい季節だと秋刀魚をつつきながら思った
(sora)秋の陽はすこし急いで沈むからそを見届けて秋刀魚買いゆく
(暮夜 宴) 悪ぶってみても育ちのよさくらい秋刀魚の食べ方ひとつでわかる
(近藤かすみ)真二つに切られ焼かるる秋刀魚の眼 知らんふりして夕餉のビール
081:早(103〜127)
(emi)足早にゆく人をただ見送って揺れるコスモスだけを見ていた
(磯野カヅオ)熱気球浮かび上がりてネパールの早起き鳥に映る朝焼け
(はづき生)早稲の田のひろがりし昔おもひつつ都電荒川線にて過ぐる
084:河(102〜127)
(珠弾) おとといの河北新報よんでいる 届いた荷物のそこに故里
(はづき生)大陸のながれ滔滔と集まりて黄河いよいよ黄河となりぬ
091:冬(79〜103)
(斗南まこと) 冬空にひかる三日月どうしても君を傷つけたい夜がある
(こすぎ)傷ついた雨雲ふかく濃い今はいっそ冬将軍と遊ぼう
(流水)明日(あす)からは、もすこし優しくなれるよう冬至の陽射しに寝ころんでいる
(青野ことり)柊の赤い実灯る路地裏に冬の白さを確かめにゆく
(蓮野 唯) 冬瓜をとろとろ煮込む長さだけ居眠りしようか読書をしようか
(都季)もう君を想わないって決めたんだ 真冬・午後四時・仄白い闇
093:鼻(77〜103)
(春待)シリコンを胸に入れるか迷う夜 禅智内供(ぜんちないぐ)の「鼻」を笑えぬ
(五十嵐きよみ)鼻と鼻こっそり合わせてみたかった従兄をまねて従兄の犬と
(都季)目と鼻の先にいたのに名前さえ上手く呼べずに春は来ていた