題詠100首選歌集(その74)

             選歌集・その74


033:冠(204〜229)
(近藤かすみ)太郎冠者がけさも自転車漕いでゆく烏丸通をまつすぐ北へ
今泉洋子) すこしだけ御冠なる君がため今宵はカレーを旨く作らう
(内田かおり) 頭上には見えぬ冠光らせて颯爽と行く薔薇色の頬
(勺 禰子)冠婚葬祭はきんこんかんこんと似てゐたり ふたりで行けるのはまつりだけ
(冬鳥) 秋のみずぽつりと落ちて水冠の波紋ひろがりゆきし 静けさ
(佐山みはる)神前に奉りゐる神官はくろき冠(かむり)を傾けにけり
041:越(181〜205)
(月原真幸)引っ越しの荷物の中にもう二度と開けない箱を用意しておく
(近藤かすみ) Gershwinを聴くうちいつか越えてゐた日付変更線 雲のなか
(睡蓮。) 通るたび思い出増える越前の海見える道君の故郷
(村本希理子)さうだとは気付かぬままに越えてゐた 地図に見つけた小さな峠
(だや)トンネルのさなか車掌は越境を知らせる車内放送をせり
(yunta)明け方のけだるい空も越えてゆけ夢を誘うベッドは遠く
070:CD(129〜153)
(扱丈博)腹八分くらいの歌が小奇麗に盛り付けされたCDを売る
(ワンコ山田)引っ越しの足枷になる本棚とCDラックが君と居るわけ
(村本希理子) 図書館のCD並ぶ棚に来つ 荒ぶる波の音聴きたくて
071:痩(126〜150)
(橘 みちよ)長病みて痩せし手かつてわれを打ち手術せし手のいまは動かず
(桑原憂太郎)父親の苗字の違う女生徒の入学願書に書きし痩せた字
(近藤かすみ)薔薇色の頬にみどりの翳そはす若きデュフィの自画像痩せて
(駒沢直)夏フェスの録画なぞればあらためていとおしさ増す痩せた首筋
083:憂鬱(102〜128) 
(村木美月) とりあえず答えが出ない日を棄てる明日は明日の憂鬱を抱く
(蓮野 唯) 憂鬱の源たどれば恋人の歯に衣着せぬ物言いがある
(遠藤しなもん) 飛び込みたいのはここじゃない 憂鬱を溶かせばやはり青色なのか
(emi) 合い鍵をなくしたままの憂鬱がすべてを語る今日という日を
(美木) 憂鬱の画数数え憂鬱な雨の日膝を抱え待ってる
(本田鈴雨)憂鬱をいううつと書く午後の空ゆうるりうろこ雲ほぐれゆく
(しおり) マドラーでくるくる氷掻き混ぜてただ憂鬱に酔いしれる夜
085:クリスマス(101〜125)
(こゆり)六歳のクリスマスイブにだまされてみる幸せを知ってしまった
(村木美月) クリスマス・イルミネーションいっせいに着飾っていく街は早足
(睡蓮。) ハローウィングッズの隣りクリスマスカードを見てる我は半袖
(emi)ささやかなクリスマスパーティだった毎年母はプリンを焼いて
094:彼方(77〜102)
(斗南まこと) 悲しみを夜の彼方へ放つとき私の世界は歪み始める
(こすぎ) 彼方への電話はいつも長電話呼び出し音が雨垂れになる
(酒井景二朗)彼方への思ひを綴る物語まだ書きかけのままここにゐる
(五十嵐きよみ)忘却の彼方ですけどリカちゃんと昔はおなじ年齢でした
(だや)真鍮のコップに耳をつけて聞く彼方の水の掬われる音
095:卓(77〜102)
(蓮野 唯)彼方まで話広がる食卓を囲む家族の会話満開
(青野ことり) アリーナの隅からさえも追いやられ卓球台に雪は降り積む
(五十嵐きよみ)枕辺に残すほどではないメモを走り書きして食卓に置く
(本田鈴雨) 卓のへに夕光(ゆふかげ)ためてしづもれる琉球グラスのきんのひびわれ 
(櫻井ひなた)卓上のカレンダーだけ知っている手当ての出ない超勤時間
096:マイナス(78〜102)
(春待)「定員が一人マイナスされただけ。」父は明日から職を失う
(ちょろ玉)声量をマイナスにして話してる 秘密がひとつまた増えていく
(おっ) マイナスの寒さを知らない少年は雪化粧した町にときめく
097:断(76〜100)
(おっ) 信号が青に変わった瞬間は人が消え去る横断歩道
(春待)断線は幸いだった聞かなくて済むことだってある黒電話
石畑由紀子)指にまだけもののにおい ふたりそっとつなぎ横断歩道をわたる