題詠100首選歌集(その76)

            選歌集・その76


010:街(289〜313)
(藤矢朝子)街だとはけして呼べないふるさとの田んぼにひとつ家がまた建つ
(青山みのり)ゆうぐれと口にするたびたよりなげな街のしっぽの影のゆれおり
(山の上のパン) 先生はこれが街だと円を描きヒト・モノ・カネの流れを示す
(久野はすみ)街道を逸れたところにあるだろうあなたの肩をなでる小手毬
(寺田ゆたか)四十年(よそとせ)を過ごせし街に住む人のやさしさ知りぬ見舞ふ言葉に
034:序(202〜226)
今泉洋子) 順序よく阿修羅像へと進みゆく闇に塗香(ずかう)を匂はせながら
(詠時) 終業時工具箱へと丁寧に一日(ひとひ)のカオス秩序に還す
(鯨井五香) 書きかけの序論は秋の風に揺れサッカーゴールを見ている夕方
(佐山みはる) 序文から惑わされつつ読みすすむ小説の町にけふは雪ふる
(だや )序破急を踏まえて言えば破で死んだ女にも似て地下鉄の君
060:引退(151〜175)
(扱丈博) さざなみがまつわりついて帯状に視覚化される風の引退
今泉洋子) 引退をすることもなく最期まで佳き歌詠みし笹井宏之氏
(内田かおり)引退を言うほどもない軌跡なる振り向くときの風の優しみ
072:瀬戸(130〜154)
(扱丈博)海峡を無言で越える ここまでが瀬戸内海、と教えぬこころ
(はづき生)あかときに潮走りだし大瀬戸にふかきとどろき渦は生れたり
(近藤かすみ) 五条坂の瀬戸物市のにぎはひに母の手強く握りなほしつ
(村本希理子) こころ病みて職を辞したる後輩と瀬戸に来たりて見る陶器市
(O.F.) 瀬戸際の欲望に果て泥のように眠ればゆずとすだちが匂う
074:肩(127〜151)
(紫月雲)なで肩のシルエットさも淋しげに還ってゆけり夕陽の中へ
(TIARA)傷ついて細くふるえるその肩を壊さぬように夜に包んだ
(近藤かすみ) 恋人は左肩より消えてゆく映画のラストシーンのやうに
Ni-Cd) 肩紐を噛んでしまってふたりきり気まずくなって日付が変わる
今泉洋子)秋雨の降る夜はむしやうに寂しくてあなたの肩にそつと手をおく
075:おまけ(128〜152)
(sora) 残されし人生とふ箱を振りみればコロリと飛び出す命のおまけ
(近藤かすみ)おまけにはおまけにされる理由(わけ)がある金木犀のかをる坂道
(TIARA)はじめての君のジョークはおまけって渡してくれた婚約指輪
(駒沢直) 寝る前に鏡の前で欠伸するおまけみたいな僕の人生
(ぷよよん)お別れのおまけのキスが甘すぎて月のひかりがわたしに刺さる
(bubbles-goto) CMのおまけみたいな番組が地デジ対応テレビに映る
076:住(126〜150)
(橘 みちよ)合併に住所は都市となりたれど穂波かがやく里はのどけく
(桑原憂太郎)空白のままでは報告できないと調書に保護司の住所を書きぬ
(穂ノ木芽央) 終の家(や)にならざりし都営住宅のポストに今日もちらしあふれて
(紫月雲)住み慣れることなき街のきれぎれの空に数える星ぼしの影
(空山くも太郎) 君の住む街をだんだん過ぎていく準急列車の窓に降る雨
(近藤かすみ)子の住所すぐには思ひだせなくて薔薇のもやうの手帳をひらく
今泉洋子)うちひさす都へと子は移り住み葉桜春の余白うめゆく
077:屑(127〜152)
(水風抱月) 夜の内に氷雨は月の子らを射て ほら芝生にも星屑が散る
(キヨ)屑らしく扱われることを期待しているのか誰にも見せない顔で
(sora) 屑よりもカスと呼ばるる悲しさを湯船の中で小さく思う
(ぷよよん) シリウスの星屑だけをつかまえた真冬の蛍、ずっとこのまま
079:恥(126〜150)
(松原なぎ)寄りかかることを恥じつつ路線図をたどる満員電車の自由
(お気楽堂) 正面の女性の膝のすきまからゆるゆる揮発する羞恥心
(近藤かすみ)ペットボトルに口つけジュース飲むことを恥じゐし日のありちちははをりき
(ぷよよん) 一点の恥骨にかかる重心をそのままにして無花果を剥く
090:長(104〜128)
(本田鈴雨) 午後の陽のぬくみ溜めたる板塀に長月花の白こぼれをり
(空山くも太郎)できるだけ長く一緒に居たくって最終前に乗り込む金曜
(村木美月)伝えたい言葉をそっと置き去りに逆光の中長い影追う
(はづき生)長々しよもやまばなしにあきあきて受話器片手に噛むビターチョコ
(お気楽堂) さかさまに立てし箒の効き目など微塵もあらで叔母の長尻