題詠100首選歌集(その77)

         選歌集・その77


011:嫉妬(281〜305)
(内田かおり)ねっとりと拭えぬ油の手のように嫉妬一滴絡まりており
(Makoto.M)マンションの裏は湿りてゆうぐれを嫉妬のように柿の実みのる
(鯨井五香)まっさらな半紙を黒く染め上げる「嫉妬」を今年の書き初めとして
(久野はすみ) いもうとが生まれた日より薔薇色のお菓子の缶に嫉妬を飼いぬ
(青山みのり)嫉妬とかカメムシその他追い払いたきものあまた我が裡に棲む
(夢雪) 嫉妬という肌にひりつく劇薬を上手く使いて愛人を飼う
(寺田ゆたか)妻看取るすべをめぐりて諍ひぬわれと子の思ひ嫉妬に近し
023:シャツ(231〜257)
(佐山みはる)綿シャツの裾はためかせ自転車の少年がゆく夕陽を負ひて
(里坂季夜) 長袖のシャツにとおした手首からひじへ巻雲流れる九月
(フワコ)きのう洗ったばかりなのにまた着てる日向のにおい滴るTシャツ
(よっしぃ)応援に行きたい気持ち我慢して 仕事へ向かうワイシャツは青
(みち。)もう君の匂いのしないTシャツを誰にも知られず着つづけている
(寺田ゆたか)南国の旅に求めしペアのシャツ今着るひとはわれ一人のみ
024:天ぷら(228〜252)
(しろうずいずみ)天ぷらがさくりとすればいいように今日も明日も晴れならばいい
(鯨井五香)アンタレス抱く星座を菜箸でひらり捕らえて天ぷらにする
(青山みのり) 天ぷらの衣が散った鍋の中みたいな空が今日はさみしい
043:係(179〜203)
(兵庫ユカ)地味な係全部まとめて引き受けるようなひとりのよるの炒飯
(葉月きらら) 関係を隠しきれない薬指 外し忘れた指輪が光る
(佐山みはる)思ひのほか覚ゑてをりぬ振りつけて『他人の関係』歌ひきりたり
044:わさび(177〜201)
(惠無) 毒舌のあなたの食事にたっぷりとわさびをおろし口封じする
今泉洋子) わさびまでひとつに数へ目標の三十品目けふも喰ひたり
(内田かおり)ほの辛いわさび茶漬けをすくいつつ手軽なひと日をさらさら流す
(佐山みはる)涙目をわさびソースのせゐと言ひ今宵の吾娘は言葉少なし
(夢雪)たまねぎやわさびのせいにして流す涙は君に気づかれている
045:幕(178〜202)
今泉洋子) 生の幕いつかは降りる寂しさよ酔芙蓉散る白きゆふぐれ
(佐山みはる) 暗幕のしきりにゆれて隙間より幼なつぎつぎ小走りに出づ
(里坂季夜)着実に近づいてくる終幕を観たくないので空をみている
058:魔法(153〜178)
(近藤かすみ)開けたれば裡に銀(しろがね)ひかりたる魔法瓶つねは闇を抱けり
088:編(105〜130)
(本田鈴雨)くすりゆびコピー用紙にすと切れぬ草の葉編みし春のありけり
(睡蓮。)三ツ編みが結える頃には幼稚園まだブカブカのお下がり帽子
(村木美月)旋律に触れることなき編曲が先走りするあなたとわたし
(しおり)ひと目ごと迷い切なさ編み込んだこころの彩が浮かぶセーター
091:冬(104〜128)
(磯野カヅオ)ぬくもりに残る未練を払ひ退け目覚まし時計止めに行く冬
(美木) 不器用に「寒いね」なんて差し出した手握り無言で行く冬の道
(夢雪) せつなさと寒さと一緒にさびしさが音を立てずに降る冬の夜
(駒沢直)自意識の研ぎ澄まされる冬が来て君に会わずにまた年を越す
092:夕焼け(101〜125)
(月下燕) そうずっと泣いていたのね今はもうあなたの空にも同じ夕焼け
(だや)夕焼けの湖の情景を見せそれから閉館する美術館
(本田鈴雨)六枚の窓すべて開け掃除せむ夕焼けがもう終はつてしまふ 
(遠藤しなもん)逆上がりで見た夕焼けはこんな色 どこかでごはんの匂いがしてた
(暮夜 宴) さぁどこへ向けてアクセル踏み込もうバックミラーで見てる夕焼け
(流水) 夕焼けの踏切待ちで二人して轢かれ続ける影を見ていた