題詠100首選歌集(その79)

       選歌集・その79


062:坂(153〜177)
(近藤かすみ)坂多き場所を選びて子は生きるジャズの盛んな神戸の街に
(今泉洋子)入寮の子を見届けて女坂卯月の風に抱かれくだる
(寺田ゆたか) 北に向かひ坂を登りてたどりつく小暗き家に待つ人はなし
(佐山みはる)坂のぼり坂くだりしてけふも暮れひきつれしわが影をととのふ
065:選挙(153〜179)
(だや)成人を迎えた我も加えられ家に三枚選挙券来る
今泉洋子)選挙戦終はりし街に何事もなかつたやうに木犀匂ふ
Ni-Cd選挙カー引きずりまわして海岸へ西日が沈む 祖母は元気か?
(鯨井五香)古池にアヒルのつがいさざめいて秋の村長選挙は近し
(佐山みはる)選挙戦終盤なれば駅頭の演説の声かすれてをりぬ
067:フルート(152〜176)
(ほきいぬ)放課後のチャンバラごっこ フルートの音色が僕らの仲裁をする
今泉洋子) フルートに「浜辺の歌」を吹く君の夢のほとりを去りがたくをり
(やすまる) 木枯らしの呼気こぼしては乾きゆくフルートの声でいうさようなら
(寺田ゆたか)シチリアーナ肩寄せ聞きし夜もありき冷たき秋の銀のフルート
(kei)フルートの音の集まる階段の踊り場にいる春のはじまり
068:秋刀魚(151〜175)
(村本希理子)盛大にレンジの秋刀魚を爆ぜさせるナンテチイサナワタシノイカ
(星桔梗)七輪で秋刀魚焼いては立つ煙透かして見てる秋空高し
(小林ちい) 「一人だと食べないでしょ」と母は笑う帰省の夜のごはんは秋刀魚
(月原真幸)はらわたの苦さと共に後悔が押し寄せてくる9月の秋刀魚
(佐山みはる)七輪はとほきむかしよ切りわけし秋刀魚をグリルに並べるゆふべ
069:隅(151〜177)
(村本希理子) 庭隅に祠を祀る家に来てみどり濃き茶をいただいてゐる
(Ni-Cd) 片隅で如雨露が傾ぎ春の雨 ひそかに君がくらしている町
(惠無)いえちょっと落ち込みましたものですから隅のほこりに埋もれてみます
(ほきいぬ)隅っこで泣いてる君の手を引いて斜め向かいの隅へと移る
(ノサカ レイ)ポケットの隅でこっそり潰れてる渡せなかったスイートポテト
(寺田ゆたか) 庭隅にブライダルヴェール蔓延りぬ妻亡きあとの金婚の年
084:河(128〜153)
(寺田ゆたか)「何でやねん!」と河内なまりで叫びたり汝の呼吸(いき)絶ゆる明け方の四時
095:卓(103〜128)
(しおり)卓上の君の遺したパソコンを開く気なれずもうすぐ二年
(都季)続かないラリーの隙間を埋めていく卓球台を転がる笑い
(桑原憂太郎)突然の生徒指導の案件に卓上ダイアリイも空白のまま
(流水) 冷めかけたマグ食卓に置き去りで貰ったメール返さずにいる
(橘 みちよ)家族みな揃ひし食卓夢のあと空席ひとつひとつ増えゆく
(葉月きらら)卓上に置かれた写真伏せて置き忘れる準備整えてゆく
(村木美月) 食卓の花一輪になだめられ鳴らない携帯パタリと閉じる
096:マイナス(103〜127)
(月下燕) マイナスの言葉をあびる子どもらの表情筋のかそけき揺るぎ
(sora)悔やみても仕方なきこと言ひ聞かせマイナス思考はしないと決める
(葉月きらら)ゼロからのスタート地点に立ちたくてマイナスエリアを彷徨っている
098:電気(103〜127)
(五十嵐きよみ)窓を閉め電気を消して出てゆこう恋ひとつぶん身軽になって
(桑原憂太郎)調査書の推薦欄を書き終へて電気アンカのスイツチを消す
(寺田ゆたか) 家中の電気を点けて淋しさを紛らはしゐる孤り居の夜
(葉月きらら)もう二度と電気のつかぬこの部屋も二人愛した思い出となる
(ことり)街中の電気屋さんが一斉にサンタクロースになりそうな夜
099:戻(102〜127)
(キヨ)新月の詩人が書いたラブレターあなたの使う言葉に戻す
(久哲)誰も彼もここに戻れるわけじゃない海の辺の道まるまると晴れ
(寺田ゆたか)今少し生きれば時を後戻りさせるマシンが出たかも知れず
(五十嵐きよみ)羅紗紙がやぶれた本を強引に箱に戻して終える少女期