2009題詠100首百人一首

2009題詠100首百人一首


001:笑
(穂ノ木芽央) 彼(か)のひとの微笑写せし素描画(エスキス)に蝶の群れをり 弔ふ朝に
002:一日
(みぎわ) 脛長媛にあらねど一日(ひとひ)の仕舞ひ湯に静脈瘤の下肢を踊らす
003:助
(村木美月) 独占はできないひとの助手席に残り香だけを忘れてしまう
004:ひだまり
(梅田啓子) ひだまりに夫と肉まん食みてをり ずつと死なないやうな気がする
005:調
(Re:) 調べものしているフリして受付のあの子が気になる図書室の午後
006:水玉
(酒井景二朗) 安つぽいメンコに刷られた水玉の版ずれにさへ未來があつた
007:ランチ
(ほたる) ランチよりディナーをしたい関係になれたら薄いタイツに変えて
008:飾
(sora) 飾り棚に何も置かれてない朝はため息ひとつこつそり載せる
009:ふわふわ
(かりやす) 律儀にも口にすべきかためらひぬ「ふはふはオムレツ」とふメニュー名
010:街
(村本希理子) 草色のぺたんこ靴で春をゆく街路樹の名を確かめながら
011:嫉妬
(寺田ゆたか) 妻看取るすべをめぐりて諍ひぬわれと子の思ひ嫉妬に近し
012:達
ひぐらしひなつ) 陽射しごと連れ去りながら配達を終えて路地へと消える自転車
013:カタカナ
(わだたかし) 駅前の小さい飲み屋「鳥吉」がカタカナ表記になった夏の日
014:煮
(ジテンふみお) 笑いながらあなたの切ったにんじんが煮くずれるまで僕らしくいる
015:型
(振戸りく) 砂浜を固めてとった右足の鋳型に海がそそがれている
016:Uターン
(磯野カヅオ) たはむれにショッピングカート弄ふ子のげになめらかにUターンせり
017:解
(しおり) 明日の朝如何にと悩む間もくれず帯はするりと解かれており
018:格差
(内田かおり) 子犬にも格差あるらしペットショップの表示に赤き割引の文字
019:ノート
(久野はすみ) ノートパソコンぱたりととじて向日葵のおおきな顔を睨み返せり
020:貧
(みずき) 貧しさに日々白くなる小さき掌(て)よ 泣かぬ素顔に佐渡の海鳴る
021:くちばし
(bubbles-goto) どこにでも挟むくちばし掲げつつドナルドダックが戦争に行く
022:職
(こうめ) その職を生業(なりわい)と呼ぶ人がいて 彼のキャベツは芯まで甘い
023:シャツ
(髭彦) 学校にいまだ棲みゐて赤シャツも野だいこなどもしぶとかりけり
024:天ぷら
(駒沢直) 思い出の日付ひらめく新聞に天ぷら油を吸い取らせてる
025:氷
(青野ことり) もえすぎた胸の炎を冷ますには氷あずきのやさしい甘さ
026:コンビニ
野州) ありつたけの小銭を数へコンビニの弁当買うて猫と分け合ふ
027:既
(月下燕) 安らかに春が来るのを待っている失う覚悟は既に済ませた
028:透明
(ぷよよん) 透明になれないわたしの中心がキュンと鳴くから月夜は怖い
029:くしゃくしゃ
(チッピッピ) くしゃくしゃな気分で歩くオケラ道 後ろ姿はみんな似ている
030:牛
(中村成志) 色深き耐熱軍手まとう手が牛の素肌に刻印を押す
031:てっぺん
(ぱん) 山を為す洗濯物のてっぺんにそろりと載せる今日の靴下
032:世界
(佐山みはる) 新世界の真中にたちてけつたいな神祀りをり通天閣
033:冠
(本田鈴雨) 冠を載すればほのかゑまひたる姉のひひなは姉に似たりき
034:序
(五十嵐きよみ) 物事の順序を説かれマニキュアをため息重ねて乾かしている
035:ロンドン
松木秀) 電話鳴るたびに陽気に鳴りひびきロンドン橋は何度も落ちる
036:意図
(ワンコ山田) 逃げ込めばひとりは得意図書館の薄暗がりにエデンは潜む
037:藤
(暮夜 宴) 藤棚のしたに零れたひかりだけあつめてあそぶ春のてのひら
038:→
(斗南まこと) →(やじるし)の順路を辿る平日の水族館の蒼い静寂
039:広
(TIARA) サンダルを片方なくした海岸で広告みたいな青に出会った
040:すみれ
(マトイテイ) すみれとは本名ですかと問う僕に謎の微笑み返す新宿
041:越
(やすまる) 目覚めれば車窓をすぎてゆく畦畔木(はさぎ) 越後平野に朝はひろがる
042:クリック
佐藤紀子) グーグルを開いて何度かクリックしストリートビューで覗く故郷(浦島太郎物語)
043:係
(行方祐美) 係争はいつも疲れをあたためて雨となすのか今宵どしゃ降り
044:わさび
(夏実麦太朗) 新商品開発プロジェクトの席でチョコとわさびが比べられてる
045:幕
(一夜) 我が夏の幕は閉じたり バラードに祭りの後の寂しさ重ね
046:常識
(小林ちい) 常識や理性をまとめてゴミにして朝の6時に会いに行きます
047:警
(はづき生) 町内を夜警で廻る時季がくる今年はふたり欠けている冬
048:逢
(龍庵) 逢うという漢字はいつも艶めいて君を抱きたい時だけ使う
049:ソムリエ
(紫月雲) サロンなどどうでもよくてソムリエの指の角度に見惚れておれり
050:災
(千坂麻緒) 笑ってはダメです防災訓練の早足でゆく晴れた校庭  
051:言い訳
(ひいらぎ) 言い訳をいくつも用意してたのに何も聞かれぬ心は遠い
052:縄
jonny) 縄跳びは苦手でしたと言いながらわたしもなどと言う人を待つ
053:妊娠
(はこべ) 妊娠の猫が闊歩す街角の道の草々何と囃すか
054:首
(みち。) 首のないマネキンならぶ 渋谷ではめずらしく星のある夜なのに
055:式
(都季) 密やかな真夏の儀式 取り出したビー玉ふたつ川に葬る
056:アドレス
(橘 みちよ) 亡き祖母のアドレス帳に記されてもはや無き家消えし町名 
057:縁
(星川郁乃) このごろの西瓜の味がうすいのは縁側のない家のせいです
058:魔法
(近藤かすみ) 開けたれば裡に銀(しろがね)ひかりたる魔法瓶つねは闇を抱けり
059:済
(イマイ) 後悔はしていないよと風のなか済んだことだけ話し続ける
060:引退
(秋月あまね) 白球のかがよう空をさかしまに少年は思う引退の日を
061:ピンク
(祢莉) 魔女の作るチェリーピンクの毒薬で恋に落ちようもう夏だから
062:坂
(今泉洋子) 入寮の子を見届けて女坂卯月の風に抱かれくだる
063:ゆらり
(佐藤羽美) ポロックの絵画の奥にいらだちが雨が梢がゆらりともえる
064:宮
(青山みのり) 竜宮へかえらぬままの亀を飼い今年もひとつまた年をとる
065:選挙
(鯨井五香) 古池にアヒルのつがいさざめいて秋の村長選挙は近し
066:角
(流水) 紙マッチ擦(す)って月日を燃やす夜少し残した角瓶空ける
067:フルート
(kei) フルートの音の集まる階段の踊り場にいる春のはじまり
068:秋刀魚
(minto) 秋刀魚焼く匂ひ嗅ぎつつ帰る道五時に流れる「家路」聞きつつ
069:隅
(小早川忠義) 持ち歩くかばんの隅の歯ブラシを使はぬままに旅をせぬ日々
070:CD
(七五三ひな) CDをレコードと呼ぶ父がいてラヴェル奏でる里帰りの夜
071:痩
(桑原憂太郎) 父親の苗字の違う女生徒の入学願書に書きし痩せた字
072:瀬戸
(ふみまろ) 瀬戸をゆく船便絶えて少年の愛した島は絵葉書となる
073:マスク
(藻上旅人) 夕闇の中街灯はひとつだけマスクの中で咳ばらいする
074:肩
(岡本雅哉) 風の日はひとのすきまをさがしつつ肩をすくめてとがらせている
075:おまけ
(新井蜜) 金魚鉢に金魚のいない理髪店おまけにくれた十円硬貨
076:住
(羽うさぎ) きみの住む町まで駅はあといくつ霧雨けむる窓はつめたい
077:屑
(nnote) かたぐるま星屑ひとつふくませて父しか知らぬ神話を聞く夜
078:アンコール
(萱野芙蓉) アンコール終わつた後の行き場無さわたしはわたしにかへりたくない
079:恥
(新田瑛) 平日の水族館に独り居て恥ずべきことのある昼下がり
080:午後
(七十路ばば独り言) 梅雨開けて茂る夏草刈りし午後四肢投げ出して午睡貪る
081:早
(emi) 足早にゆく人をただ見送って揺れるコスモスだけを見ていた
082:源
(ゆき) きぬぎぬのメールひそかに待つわれは源氏の姫のいづれに似たる
083:憂鬱
(こゆり) カップ麺ほぐれるまでの三分も憂鬱に支配されて月曜
084:河
(原田 町) 葛和田とう利根の河岸あり亡き父の故郷へ小舟で渡りし記憶
085:クリスマス
石畑由紀子) クリスマスのやさしい嘘で生き延びたこどものような恋をしている
086:符
(花夢) 部屋じゅうに散らかっている感傷を音符の絵柄の靴下で踏む
087:気分
(西中眞二郎) 夢の中身思い出さねど気分のみはけだるく残り寝返りを打つ
088:編
(里坂季夜) ひとつづつ編み図のマスを埋めてゆく色鉛筆の芯のたしかさ
089:テスト
(美木) 今はまだテスト期間ということで今日の食事はワリカンにして
090:長
(お気楽堂) さかさまに立てし箒の効き目など微塵もあらで叔母の長尻
091:冬
(蓮野 唯) 冬瓜をとろとろ煮込む長さだけ居眠りしようか読書をしようか
092:夕焼け
(ちょろ玉) ユニフォーム姿で走る山道の果てからいつも見えた夕焼け
093:鼻
ウクレレ) おもちゃ箱の一番底で笑わずにひしゃげて眠る鼻ヒゲ眼鏡
094:彼方
(鳥羽省三) 彼方此方(をちこち)の鬼遣る声に怯えつつママが目当てのスナックに行く
095:卓
(西野明日香) ひとひらは色保ちつつ落ちてゆくゆるい陽の射す卓上の薔薇
096:マイナス
(月原真幸) 展望は常にマイナス傾向で営業スマイルだけうまくなる
097:断
(理阿弥) 手のひらに鎖の痛さ診断を受けたかえりの冬のブランコ
098:電気
(春待) 真っ暗が心地よい日もあるだろう今日は8時に電気を消そう
099:戻
(船坂圭之介) 駆け戻る脚持たぬ身にあかあかと燃ゆる想ひの月は中ぞら
100:好
(みつき) 好きという理由ひとつで結ばれて今年も同じさくらを見てる