題詠100首選歌集(その8)

 ここ数日春の陽気が続く。昨日は、羽田を濃霧が襲い空路に影響が出たようだし、春一番も吹いた。庭の梅も満開が近い。まだまだ寒い日もあるのだろうが、一歩一歩春が近付いている。


選歌集・その8


004:疑(117〜143) 
(sei)われとわが存在価値を疑う日こころやさしきメールのとどく
(春村 蓬) 如月のショコラ売り場を歩きつつ疑はないのを疑つてゐる
(A.I) 疑えばきりがないことステンレスマグ1杯の時を買いつつ
(田中ましろ) ありったけの罠を笑顔に詰め込んだ容疑で君を連行します
(羽根弥生)濡れそぼつ闇深々と吸い込みて疑り深き人を抱きぬ
(壬生キヨム)疑えるほどには信頼してほしい 情事のようなパンケーキ食む
(本間紫織)諦めることに慣れてた心ごと疑似恋愛の中に浸け込む
(日向奈央) 弱いから疑いました ひとりよりふたりのほうが寂しいくらい
013:元気(43〜67)
(わたつみいさな)とりあえず元気ですかと書き出して宛名は空の彼方のひとへ
(駒沢直)元気という君の噂が届くとき現世の縁をまた蒸し返す
野州)さあこれで元気を出してと言ひながらあなたが淹れたグァテマラ珈琲
(行方祐美) 「元気印」そんな言葉も抱きゐて第六版の広辞苑さむし
(チッピッピ)余命知る父と最後の別れにて「元気で」言わずただ涙する
(れい) 老人に席をゆずって二駅を元気でいい人演じてみせる
014:接(39〜63)
(龍庵) PCの接続中が消えるまで君の記憶を留めむとする
(冥亭) もろともに朱にぞ染まれいくさ神火星大接近のあした
(マメ)接客は客と接する、なら僕は接レジ打ちのシングルマザー
(斉藤そよ)ブラインドあけて誘う陽 隣接の沼のかたちをみてる地図室
(佐倉さき) 接点を徐々になくして別れへのカウントダウンをはじめたふたり
(梅田啓子) 接続詞の多きひと日を帰り来てクロの眼を見るまじまじと見る
015:ガール(36〜60)
(ぱぴこ)甘みから徐々にえぐみが滲み出て頬が引きつるガールズトーク
(マメ) リリカルなガールズポップラジオからナ行の棚にナボコフ探す
(斉藤そよ) へだたりは たとえばマルク・シャガールの恋人たちのさびしさのこと
(佐倉さき)本当と嘘の境目もなくなった午前3時のガールズトーク
(周凍)いにしへの高みはるかな声ならむガール川越す橋の水音
016:館(32〜56)
(砂乃)雨降りの水族館の水槽に原始のぼくを探しに行こう
(龍庵)花言葉だけを集めた図書館で窓を毎日磨いています
(理阿弥)土曜ごと映画に行った函館の路面電車の揺れなだらかに
017:最近(31〜55)
(斉藤そよ) 不織布の袋はきれい 気がつけば最近とんとみない茶柱
(あずさ)最近の子供の名前は何なのと呆れる人の名前は恵梨奈(えりな)
018:京(29〜53)
(龍庵)新幹線京都駅よりこよいまた離るる人のみな美しき
(周凍) 京なる賀茂の流れのささにごり雲ヶ畑には雨の降るらし
019:押(27〜51)
陸王)いじめられ泣いて帰った三日後の朝の記憶を押し花にする
(わたつみいさな) あたたかい夢の中でも降りますのボタンをいつも押せないで泣く
(龍庵) CLEARのボタン長押しする間消した言葉の行方を思う
(如月綾)ボタン押し忘れたふりして信号でずっとあなたと喋りたかった
031:SF(1〜25)
松木秀)八十日で世界一周することがまだSFでありえた時代
(映子)SFを 少女フレンドと読んだ日は   一日中が 活劇だった
(ひじり純子) 図書室の貸し出しカード好きな子の名前を追って読んだSF
032:苦(1〜27)
(伊藤夏人)苦笑いされたらチャンス逆転の背中のボタンが点灯します
(アンタレス)苦も楽も酸いも甘きも吸い取りし流す涙は鹹きに徹す
(菅野さやか) いつからか苦痛与えて快楽を見出すような女になった
(わたつみいさな) 募金請う人らの前を俯いて苦い色した帽子をかぶる