題詠100首選歌集(その16)

 そろそろ4月だというのに、寒い日が続く。今日の午後の気温も、10℃を切っているようだ。


    選歌集・その16



004:疑(169〜194)
(佐藤紀子) 疑問符のやうに頭を巻き込みて五月のわらび首をもたげる
(市川周)容疑者にアリバイのある春月夜(殺されるなら美人がいいや)
(フワコ) 夜のうちにレンジの上から消え去った小銭疑惑は迷宮に入る
007:決(143〜167)
(ワンコ山田)春だから決心します指先を1センチ半目覚めさせます
(五十嵐きよみ) ライバルのほうが決まってカッコいい少年漫画のような現実
今泉洋子)漱石も訪ひしゑり善に百年を隔て半襟の色を決めをり
(黒崎聡美) 決まらずに眺めているだけ ファミレスのメニューはまるで冬の湖
(夜汽車)子供だと決めつけないで断定が妖精たちを磔にする
(百田きりん) 決心を 小さな種をまくように きみと太陽だけに伝える
011:青(113〜137)
(南野耕平)空と海たがいに決める輪郭は昨日の青にもう戻らない
(笠原直樹)前腕に御神渡りたり血管の艶やかにして深き群青(御神渡り:おみわたり 艶やか:つややか)
(さくら♪)白寿なる祖母より給ふ道しるべ群青の帯母に結べり
(あおり) 青空を斬ってくような雲を刷き君を連れ去る飛行機とんだ
(草野千秋)西向いて空の青さをたどったらいつかは君の見る空となる
032:苦(28〜54)
(船坂圭之介) いもうとの髪まざまざと白く映ゆ死すとも消えぬ苦労とふ影
(龍庵) 何一つ壊さず生きていることの平和が僕を苦しめている
(鳥羽省三) じんわりと苦渋身に滲む遅夏を妻と耐へ居て蛍火を見つ
(周凍)彼岸花手折り成したる花飾り苦き思ひは口にとどめむ
(行方祐美)苦艾酒に憧るやうに日脚伸び今年もわれはまた年を取る
(六六鱗) 苦酒の八年物を手に入れてシェリーグラスに注ぐ黎明
(水絵)何も無い苦労話に花咲かす 戦後世代の陽だまりにいて
033:みかん(27〜51)
(船坂圭之介) しんしんと雨散る夜半を堪へながら酸ゆきみかんをわが恋ひて居り
(コバライチ*キコ) 窓際の壁へと影を折り曲げて君はみかんの皮を剥きおり
(砂乃) もう旅は終りに近いやるせなくみかんのネットをただもてあそぶ
(晴流奏) 庭に来たメジロは微笑む僕を見て小首をかしげみかん啄ばむ
(梅田啓子) 花冷えの夜を帰り来てテーブルにきみの置きたるみかんがひとつ
035:金(26〜51)
(翔子) 海風に誰が命名したのやら金のなる木の花の可憐さ
(船坂圭之介)肌冷ゆる身を弾ませつわれや在る金梅の色黄に映ゆる傍(そば)
(行方祐美)金雀枝の箒に乗つて出掛けよう湖水も光る春の夜には
(梅田啓子) 過剰なるこころとからだを疎む日は金盞花となり空を見てゐる
056:枯(1〜25)
松木秀)何年が過ぎたのだろうシャンソンの『枯葉』をみんな知らなくなって
(tafots)岩に石に砕けて撥ねてけぶりゆく 枯山水の庭に降る雨
(船坂圭之介)汗ばむといふこと遂に無くなりて腎死すわが身枯れゆくままに
059:病(1〜25)
松木秀)やまいだれに「癖」含まれてこの国においては癖は病のひとつ
(みずき)熱病みてそぞろ欝なる早春をけざやかに舞ふ鳥の恋ほしき
(シホ)青いんだ 病棟から 見る空も やつれた兄が ポツリつぶやく
(翔子) 病み飽きて犬など飼ひし秋の日をやむなく歩く町はずれまで
(船坂圭之介)夜空より春のかけらのごとく降る雨暖かしこころ病む身に
060:漫画(1〜25)
(みずき) そらそらと漫画惚けした指(および)もて午前のメール捲る日曜
(髭彦)漫画家の殿堂あらばまずもつて鳥羽僧正と北斎入らむ
(翔子)溜息や北斎漫画の緻密さよ今宵の宿は津和野盆地で
(船坂圭之介) 藍ふかき空は四月の風ながら残生一途は漫画のごとし
065:骨(1〜25)
(映子)お父さんですよ と もらった のどぼとけ   骨が笑った そんな気がした
(みずき) 喉仏なき骨かろく傷ましき手術(オペ)の真実からから鳴れり