題詠100首選歌集(その20)

選歌集・その20


007:決(168〜193)
(蝉マル) カツカツと行くは女(おみな)の靴の音仇討ち決意したるごとくに
(みち。) そう決めた理由は訊ねられぬままわたしはじんわりと石になる
(David Lam)春雨といえど優しさ些かも薄着で逢うと決めていたのに 
012:穏(135〜163)
(揚巻)ほの白き障子に影の滲むごと言葉を宿す不穏な鎖骨
佐藤紀子)穏やかな暮らしは性に合はぬらし波を立てつつ夫は老いゆく
(一夜)穏やかに眠る幼子撫でながら 春の足跡眺むる4月
(武藤里伽子)穏やかな肉食男子に騙された私の今日のパンツはピンク
014:接(120〜145)
(音波) 接吻はもう少し先いっせいにキンモクセイの花の咲くころ
(五十嵐きよみ) 純粋と世間知らずは紙一重 どう接しても疲れるばかり
(sh) 接点もないとつぶやく帰り道、電信柱を遠くから見る。
(七十路ばば独り言)接客の訓練する声漏れてくる開店前の美容院脇
015:ガール(114〜139)
(橘 みちよ)空(くう)を飛びくび翻転し接吻するシャガールの男のやうなわが猫 
(村木美月) シャガールの青がこちらに問いかける幸せですか泣きたいですか
(酒井景二朗) いにしへのコールガールの廣告を汚い壁に貼れば春雷
(揚巻)おごそかに贄なる山羊を食卓に今宵ガールズトークは踊る
(香-キョウ-) コロコロと変化しながら盛り上がる ガールズトークは連想ゲーム
(五十嵐きよみ) 背の翼ふいに失うシャガールの絵の中にいる夢からさめて
(黒崎聡美)わたしにはガールのときはあったのかファッション雑誌の売り場華やぐ
021:狐(78〜102)
(橘 みちよ)日照雨(そばえ)ふる山里の道傘さして前ゆく和装のひとか狐か
(さむえる) 祭囃子響く鎮守の一角で狐の面は静かに哂(わら)う
(ふみまろ) 初恋はメンソレの味 教室に狐狗狸さんが棲みついていた
(新井蜜)日溜まりでじやれ合ひながら子狐は旅立つ朝をひとり夢見る
(揚巻) じゅういちで狐は嫁に雨の夜にたいまつはゆく黄泉と知らずに
037:奥(26〜50)
(コバライチ*キコ) 引き出しの奥にひっそり眠りいし友の手紙と十五の春と
(行方祐美)奥小姓は忙しからむ春の日は雛の宴や端午の節会に
(如月綾)引き出しの奥に隠したタイムマシン使って過去へ旅立つ夜更け
(氷吹郎女)昨日からつっかえている喉の奥あの人の名が思い出せない
(梅田啓子) 月の出ぬ山奥の夜はさびしかろ山桜のころ逝きてふたとせ
野州) あけがたの本郷菊坂路地奥のあはれ井戸汲むいちえふ二十歳
(水絵) 孫に手を引かれて辿る奥の院 はるか石鎚霊峰の見ゆ
038:空耳(26〜50)
(じゅじゅ。) 春一番 迷子のきみを探してる 風の便りと空耳つれて
(リンダ)しんとした図書館で聞く空耳は見つけて欲しい本のささやき
(周凍) 山ぎはを雲の飛びゆく夕暮は鐘の音さへ空耳にきく
(アンダンテ)ゆびさきをふれた気がした真夜中の新着メールはたぶん空耳
069:島(1〜27)
(中村あけ海) 事務机集まりあっていくつかの大陸かなたに部長の孤島
(シホ)いつかまた 会えるその日を 楽しみに 想いをはせる 君のいる島
(リンダ)懐かしのお国言葉で島唄をうたう翁の皺は優しき
(船坂圭之介)こころすでに吾を離るる哀しさは告げず白薔薇咲く島を去る
070:白衣(1〜28)
(髭彦)駅前で義足義手つけひざまづく白衣のひとに児らは怯えき
(アンタレス)インドよりジーパン姿の便りあり白衣のみ知るわが医師の顔
(間宮彩音)病名を静かに告げた先生の皺ひとつない白衣が揺れる
072:コップ(1〜26)
(庭鳥)紙コップ電気ポットもトランクに入れて旅行の荷造り終える
(船坂圭之介)ねんごろにレモン輪切りに刻みつつコップにひそと満たす焼酎
(間宮彩音)球根を埋めたところに差し込んだスコップ今日も目印となる
(はこべ) 公園の幼がくれし鼓草(たんぽぽ)がコップにありてキッチンの春
(梅田啓子)《落としても割れないコップ》の疎ましさドライジンジャーらっぱ飲みする