題詠100首選歌集(その23)

          選歌集・その23

019:押(104〜132)
(さくら♪) 夜更けて痛みに震う声を聞くナースコールのボタンを押せり
(村木美月)ただひとつ聞きたい言葉聞けぬままわたしはワタシと押し問答する
佐藤紀子) 押入れに閉じこもりたる五歳児がいつか寝息をたてゐる気配
(あひる) 卒業は別れと門出巣立ちゆく子の背を押せよ三月の風
020:まぐれ(104〜131)
(月の魚) きまぐれな涙を百滴選り集め溶かして降らす三月の雨
(こゆり)みぎのてがふわふわ 春のせいにしてその指つかみたい夕まぐれ
(こなつ)移り気なココロを持てあましておりぬ 気まぐれ天使が囁く四月
(黒崎聡美) ストールを何度も直すゆうまぐれ電車の音を聞いた気がした
佐藤紀子) 桜花白く浮き立つ夕まぐれ孫誕生の知らせが入る
(ふうせん)気まぐれをはんぶんこしてお互いにそっぽを向いていい日曜日
(村木美月) 夕まぐれため息ひとつ溶けていく茜の空はかなしみの色
(あひる) 気まぐれに過ごせるひと日欲しつつ回遊魚のごと日々泳ぎいぬ
(五十嵐きよみ) 運命といえばたちまち悲恋めく話もまぐれと呼べば喜劇に
(チッピッピ)「まぐれだよ」微笑みながら言ってみたい10万馬券ひらひらさせて
023:魂(80〜104)
(揚巻)澱のごと我がことだまの底に棲む鬼から鬼へ帰(き)す鎮魂歌
(南野耕平)日当たりのいいベランダで魂をときどき干していたよね僕ら
(B子) 日曜に洗濯をした魂が生乾きなので、ブルーマンデー
031:SF(51〜76)
(原田 町)SFの世界のやうな壊滅が起こるかもしれぬ四月一日
(斉藤そよ) パーキングエリアは濃霧 SFの扉のごとくひかる自販機
(虫武一俊)SFの表紙のように傾いた構造物の過去の確かさ
(新井蜜)会議中夢から覚めた SFのやうに無人の暗い部屋にて
039:怠(28〜52)
(わたつみいさな) 親指が怠けてるのでどの音も君に響かぬドレミファソラシ
(理阿弥) 野良猫も桃井かおりの気怠さで惚気話を受流しをり
(如月綾) 肉食の獣の午睡 気怠げな顔を浮かべてあなたは眠る
(梅田啓子)すべきこと何も無ければわがひと日怠るはなし 水雲(もづく)をすする
野州)あめゆきの混じれる降れる春の朝は怠け癖まで愛してしまふ
(いさご) ねえなんで午後は気怠くなるのだろう、つくつくほうしは耳元でなく
040:レンズ(28〜52)
(周凍) 心こそあやなきレンズと思ひ分く結べる思ひのそのうつろさに
(氷吹郎女)コンタクトレンズの人が意外にも多いと知った林間学校
(藻上旅人)汽車の窓レンズのごとく歪みおりひとり旅での涙をながす
(中村成志)海辺走るはサラアのひとか独峰にのたれるごとくレンズ雲浮く
080:夜(1〜26)
(アンタレス)ふつふつと娘等に書きおく事湧きて夜半に起き出で文書き綴る
陸王)白昼に蝋燭を消す誕生日夜は独りでサザエさん観る
083:孤独(1〜25)
松木秀)東京の二十三区に陽は落ちて孤独という名のひとつのエリア
(映子)指で突く オンザロックのひとり言   孤独のお供に 如何でしょうか
(庭鳥) 友達がいないんじゃないわたくしの肩に寄り添う孤独と過ごす
(アンタレス)沈黙は金にはあらず一言も言葉無き日の孤独は寂し
(菅野さやか) ぶんぶんと冷蔵庫らの愚痴のなか眠る冷凍ご飯の孤独
(リンダ)カラスさえ孤独の森をさまよえずネオンきらめく街中に住む
(梅田啓子)それぞれの部屋に籠れる夫とわれ ほどよき孤独に本を読みをり
(龍庵)筋ひとつ残すことなく剥くみかん春のこたつのような孤独に
084:千(1〜25)
(みずき) 千の風吹かれて消ゆる笹舟の過ぎし川面に浮かぶ たまゆら
(船坂圭之介)亡妻(つま)の声あらずか千の風のなか遠鳴る音の懐かしきかな
(梅田啓子)忘れたき記憶のふいに浮かびきて千切り大根多めにきざむ
085:訛(1〜25)
松木秀) 置き薬のセールスマンが時おりに聞かせてくれる青森訛り
(夏実麦太朗)越前の百貨店にて越前の訛りでわれは呼び出されたり
(tafots)二十年栃木に住みて誰よりも偽者くさく訛りたる父
(翔子) 不意に出る北の訛りについ黙す変わることなき距離の深さよ
(梅田啓子) 兄弟に会ふや訛の戻りきて甲高き声に夫はしやべる
(龍庵)そを聴きに行く訛りなどないがゆえ睡蓮のごと漂っている