題詠100首選歌集(その30)

選歌集・その30

011:青(163〜187)
(ezmi)裏庭に何を埋めたかひそやかに染まる指先露草の青
(羽根弥生) 翡翠を留めて撓むる枝下に燦(さざ)めく青の無限音階
(湯山昌樹)青さにて勝るものなし 牧水の愛(め)でし沼津の海静かなり
(ちょろ玉)「青春」というタイトルで保存した写真はたった一枚だけど
(冬鳥)青々と木々を揺るがせ風は生(あ)れ風は消えゆく かたちなきまま
(山口朔子)君が目を薄く開いて明け方の青い時間はそこで終わった
012:穏(164〜189)
(ケンイチ)穏やかな波打ち際で穏やかに揺れる波間のひかりと二人
(あひる)二つ目の病名聞きしその窓に薄日は差せる午後平穏に
(山口朔子) 「今日はひとつ穏便に」って言う代わり「チュッパチャプスをおひとつどうぞ」
(F-Loch)ねじれたりせず穏やかに日々生きていたいだけです、つくつくぼうし
017:最近(138〜162)
(あひる)最近とくくらる時間異なりて噛み合わぬ話に一人苦笑す
019:押(133〜157)
(フワコ)押し入れに仕舞ったはずだが見つからない中途半端に古いアルバム
(一夜)出逢いからあの夏の日の別れまで 思い出眠る押し入れの箱
(池田潤)視界には癖毛まるめた背が見えて押し潰すよに六月の雨
(草間 環) 押し花の色が褪せても摘んだ日の空のいろだけは覚えていた
020:まぐれ(132〜156)
(豆野ふく) 夕まぐれ 陰に紛れてしまおうか あなたを捨ててあたしも捨てて
(フワコ) 気まぐれな春の風の色をした洗い晒しのリネンのブラウス
(遥遥) 夕間暮れ君と二人の七曲がりまぐれ気まぐれ明日はどこに
(あおり) 始まりは君の気まぐれからでいい幸せにする自信はあるさ
(祢莉)気まぐれはいつものことで飲み干したカップの底の澱を見つめる
(あずさ) OLを辞めた次の日食べたのは地元のカフェの気まぐれランチ
(希屋の浦) きまぐれな君につきあう4時限目すするコーヒー前より甘い
(草間 環) 赤薔薇の墓場の如き夕まぐれ空の極みに燃えて消えゆく
023:魂(105〜129)
(豆野ふく) 忘れられた畑の隅で腐りゆく白菜にだって魂がある
(伊倉ほたる)ながいながい赤信号の魂胆にどちらともなく繋ぐ指先
(五十嵐きよみ)魂に棲みつく鬼にうっかりとそそのかされる瞬間がある
(じゃみぃ)今はもう負けじ魂そんなもの無いよと笑う少し寂しく
佐藤紀子)魂が凍りつくほど寂しいと晩年の母ときに言ひゐき
052:婆(27〜52)
(行方祐美)婆羅門教にあこがれながら眠らうよ京の霙が雪となる夜は
(梅田啓子)年齢が体にやつと追ひついた60婆さん坐りのよろし
(畠山拓郎) たらちねの女系家族の我が家なりタヌキ婆に母もなりゆく
(鮎美) 白飯に麻婆豆腐ぶつかけて食ふ人だらうまだ見ぬ夫は
053:ぽかん(26〜52)
(はこべ)わが胸にぽかんと空いたきみの場所ひとりひたすら読む『忍ぶ川
(理阿弥)大玉のぽかんぽかんと咲き映える灯火おちた窓のどれにも
(鳥羽省三)名を呼ばれ返事をすれば「ぽかん」と言ふ母も在りにき帰らぬ昭和
(綾瀬美沙緒) 笑っちゃうくらい ぽかんと 晴れた日に キミのアドレス 削除しました
054:戯(26〜50)
(はこべ)ハマシギの戯れおりし浜辺にはさざなみ寄せて影ゆがみおり
(空音)恋人に送るみたいなメールして逢いたいなんて戯言を書く
(ひじり純子)悪戯をして叱られた子のような気持ちにふとなる夕暮れ時は
(氷吹郎女) 才能があるねだなんて戯れに言える大人になってしまった
(綾瀬美沙緒)ふんわりと 毛布一つに くるまって 戯れはしゃぐ 今だけ少女
(鮎美)戯れをたはむれのままあきらめてたつたひとりで牛丼食らふ
(ふうせん)おくれ毛に戯る風には白いまま微笑んでいる夏が見えます
099:イコール(1〜25)
(中村あけ海) OLとわたしを結ぶイコールの左上右下にちょんちょん
(梅田啓子) マイコールを毎晩待ちゐしかの人のその後は知らずこぬか雨降る
(龍庵)イコールで結んだときに消えてゆく多少の差異の行方を思う