羊が一匹・・・(スペース・マガジン6月号)

 例によって、スペース・マガジン(日立市で刊行されているタウン誌)からの転載である。


      [愚想管見]   羊が一匹・・・              西中眞二郎
 
 寝床に入ってもなかなか寝つけないという経験は、どなたにもあることだと思う。漫然と眼をつぶっていると、さまざまなことを考える。多くの場合、それは楽しいテーマではなく、過去の嫌な記憶や後悔、あるいは直面している煩わしい課題などであることが多い。しかも「半覚半睡」の場合だと、頭の切替えがスムーズに進まず、思考は悪い方へ悪い方へと螺旋を描いて深入りしてしまう場合も多い。そんな場合よく言われる対応策が、「羊が一匹、羊が二匹・・・」と羊の姿を思い浮かべるという方法のようだが、私の場合、どうもうまく睡眠につながってくれない。
 どういう方法が一番良いのだろうか。一般論として言えば、ある程度思考が集中できるようなテーマで、しかもあまり知恵を絞らなくても良いようなものが適当なのだろう。思考が集中できないと、あらぬ雑念が紛れ込んでしまい、いらぬ後悔のシーンに場面が切り替わってしまうことにもなり兼ねないし、逆に知恵を絞るようなテーマだと、頭が冴えてしまって、かえって眠りに落ちられなくなってしまう。
 若いころに鉄道唱歌の歌詞を覚えた。東海道本線だけで60番以上ある長い歌なのだが、その歌詞を頭の中で反芻するという方法を採っていた時期がある。静岡から名古屋あたりで眠りに就ける場合が多いが、途中でつかえてしまってかえって目が冴えてしまう場合もあるし、時として終点の神戸まで行ってしまい、焦りばかりが残ったこともある。
 このところ愛用しているのは、市の名前である。全国の市の数は現在780余だが、この名前を北海道から順に思い浮かべて行く。関東あたりで眠れる場合もあるが、沖縄県まで行っても眠れないこともある。また、途中でつかえてしまって、かえって眠りを妨げる場合もまれにはある。
 最近使っているのが、市町村の名前を「アイウエオ」順に拾って行くという方法である。最初の文字だと、「アキタ、イセ、ウエダ・・・」といった具合になる。最後の文字や中間の文字という手もある。最初の文字から思い浮かべるのは比較的容易なのだが、最後の文字や中間の文字からだとなかなか思い浮かばない場合が多い。辞書でも名簿でも頭からはじまっているのと同様、最初の文字のイメージが強いということなのだろうか。
 そんなこともあって、市町村名に使われている五十音の数を調べてみたら、昨秋現在で一番多いのが「カ」、次いで「シ、マ、イ」と続く。冒頭、末尾、中間と、文字の位置別に分けてみると、どの位置でも「カ」と「シ」は概して多いが、「ン」が冒頭にないのは当然として、全体では中の上くらいの数になる「ア」が末尾には全くないのも面白い。また、末尾での数は「マ」が最も多く、「ワ」がこれに次ぐのだが、これは、「島」、「山」、「川」といった文字が最後に来る市町村名が多いのが最大の理由だろう。
 話がそれてしまったが、いろいろやってみてそれでも眠れないときには、「一晩くらい眠れなくても命に別状はない」と開き直るしかないのは当然のことだ。さて今夜は一体どうなることやら・・・。
(スペース・マガジン6月号所収)