題詠100首選歌集(その32)

        選歌集・その32


001:春(266〜290)
(あんこく) ショッキングピンクの春に抱かれて庭のたらの芽採りにいこうか
(向坂郁美) まつ毛ふせ気づかぬふりでやり過ごす近づいてくる春の気配を
(flower_of_the_briar)いつからか都会の春はマスクしてアレルギー性鼻炎に罹る
025:環(104〜128)
(ふうせん) 届かない言葉のように感情を外回りしてみる環状線
(藤野唯) 環状線沿いを並んで歩きつつ結婚したあとのことを思った
(さくら♪) 夏服に着替えた朝ははにかんで少しうつむく深山苧環
(黒崎聡美)未来へと進むしかない夜にいて環状線に桜ひとひら
026:丸(104〜128)
(あひる) 丸薬を含めば幼き夏の日のわれを気遣ふ祖母の声する
(月の魚)たましいを入れる棺にするからとねだられて買う丸い土笛
(ふうせん)完熟を待てずに君が頬張ったトマトは丸のままの夏です
(こなつ) 引きつった笑顔も今の私なら 花丸あげる不器用な恋
(村木美月) 弾丸のような告白もうすでにサヨナラさえも予感している
(山口朔子)真円と呼べる丸さで会心のホットケーキが焼けてもひとり
(佐藤 紀子)丸文字の手紙たびたび呉れてゐし次女より届く活字のメール
027:そわそわ(104〜132)
(じゃこ)今日彼が部屋に来るのでドアノブや玄関マットもそわそわしてる
(牛 隆佑)おばちゃんも子供も猫もねーちゃんもそわそわとしてすぐに夕暮れ
佐藤紀子)カレンダーに子の帰省日を書き込みて少しそはそはキッチンに立つ
(さくら♪)いたずらな光の粒がはじけ飛びそわそわしてるこもれびの森
(黒崎聡美)そわそわと若葉の揺れる朝の道大事なものを大事と思う
(のわ) 待ちわびてマナーモードの鳴動の空耳聞こえそわそわしてる
028:陰(105〜132)
(ワンコ山田)陰ひなたないきみがいてにびいろをうずめたむねはひろげられない
(ふみまろ) 前髪にちいさな陰をぶらさげて少女は風の隙間に立てり
033:みかん(77〜101)
(B子) お手玉のみかん転げて日本海こたつ布団の波はうずしお
(sei) 島じゅうにみかんの花の香りして瀬戸内五月の海はやさしい
(七十路ばば独り言)みかん湯に身深く沈め懐かしむ早逝したるみかん園主を
(五十嵐きよみ)ぼんやりとみかんの皮をむいていた答えを考えあぐねるうちに
(チッピッピ)宅急便「何も入れぬ」という母が必ず入れる故郷のみかん
(黒崎聡美) この雨に濡れて明るさ増しているみかん色した母のジャンパー
(香-キョウ-)指先でみかんの筋を真剣に取る眼差しに恋をしました
043:剥(53〜77)
(橘 みちよ)背に主(あるじ)乗らむをいまも待ちゐるか剥製になりし帝(みかど)の愛馬
(鮎美) 剥ぐやうに君と別れむはるかなるアンダルシアには朝がきてゐて
(なゆら)「まあくんにみせる」と春子はかさぶたを剥がさないよう慎重に拭く
044:ペット(51〜75)
(原田 町) ペットボトルいまだ並べし家ありて猫年のわれ足早に過ぐ
(sh) つめたさも知らずに冷めていくだけのペットボトルのお茶を飲み干す
(七十路ばば独り言)子ら巣立ち井戸端会議ではずむのはこの子この子とペットの自慢
059:病(51〜75)
(間宮彩音)「本日は仮病のために休みます」そんな理由も許してほしい
(砂乃) また母が病人になりたがる春 父と私が聞き流す春
(龍庵)春風に吹かれて僕らいつからか花言葉しか話せぬ病
(梅田啓子) 屋根のへりより病気のわれを覗きこむ雀はくびを少し傾げて
(氷吹郎女)病名のプラカード持ち今日もまた不自然なほど笑顔で生きる
(綾瀬美沙緒 )明け初めし 空駆け昇る たましいを 霞む瞳で 送る病室
(ふうせん)偶然に同じ病の友がいて同じ窓から見えた運命
野州)二本立つヒマラヤ杉を目印に病院は坂の上にありたり
060:漫画(51〜75)
(砂乃) 漫画なら最後は奇跡が起きただろう 友はほんとに死んでしまった
(ひじり純子)あまりにも情けないから誤魔化して「漫画みたい」と言うほかにない
(理阿弥) 軒下に貸した漫画が濡れていて主なくした窓の昏れゆき
(綾瀬美沙緒)彼からの メールひとつに 泣き笑い漫画みたいな 恋をしている
(中村成志) 榛(はん)の木の枝の茂りにかぶされし先月号の少女漫画誌