題詠100首選歌集(その39)

 このところ異常な暑さが続く。ここ東京都練馬区は、37度を超える日も何日かあった。今日は多少おさまっているようではあるが、それでも暑いには違いない。もっとも、夏の暑さはそれほど嫌いでもなく、暑くない夏は物足りない気がするほどではあるが、それにしても、あまり暑いのは敵わない。


           選歌集・その39


010:かけら(206〜230)
(やすまる) 愛ならばかけらもなくて桜桃忌 大皿の上を風ふきぬける
(きり) 闇夜には月のかけらに映そうか嬉し悲しのうつつの世界
(理宇)優しさのかけらばかりを積み上げて君への気持ちは愛しさとなる
(瀬波麻人)手離せば割れるだろうさ 泣きながら夢のかけらを拾い集める
(moco) 戻らないあの日のかけら目を閉じて蛍光灯の明かりに透かす
野比益多)人生に遭難してたあの春に君にもらったチョコひとかけら
(桑原憂太郎)つぶやきのかけら集めて下校後に生徒調書の創作をせり
(星桔梗) どれほどのかけらを集めて紡いでも想いはいつも未完成パズル
034:孫(103〜127)
(じゃこ)レトロだと喜び孫が写真立ての若かりし頃の私を撫でる
(櫻井ひなた)そこらじゅう孫引きだらけ不自然な『わたし』を整列させる卒論
(伊倉ほたる) 異国へと向かう息子の鞄から手を振るおみやげ用の孫の手
041:鉛(80〜104)
(高松紗都子) きみどりの色鉛筆を持つ指のにがくしたたる真夏のにおい
(五十嵐きよみ) 絵の具ならいちばん早く減るものを色鉛筆は白だけ長い
(豆野ふく)月曜の雨は鉛のようだった あなたが来ないと知っていたから
(穂ノ木芽央) 二十四の色鉛筆でも描ききれぬ汚れた壁に沁みた思ひ出
(市川周)年老いた鉛筆削りの餌として丸い2Bの鉛筆を買う
(櫻井ひなた) 折り紙も色鉛筆も銀色は使えないまま大人になった
043:剥(78〜102)
(高松紗都子) 剥きだしの感情ひとつ抱きしめて流されてゆく渋谷坂下
(櫻井ひなた)残業中「…食え」と言われたあの桃は課長が剥いてくれたと知った
(村木美月) 傷ついたはずみで君を傷つけるその瘡蓋を剥ぐのもわたし
054:戯(51〜75)
野州)長く延びた影と戯れ帰るさにラッパ吹き吹き豆腐屋が来る
(新井蜜)戯れに握るきみの手小さくて季節はづれの酸つぱい林檎
(天鈿女聖)鳥獣戯画のうさぎのような人がいてフラペチーノを飲み干している
(なゆら) 砂の城を飲み込む波と戯れる春子は未だ恐れを知らぬ
(斉藤そよ) 戯れに身についていたかりそめの謙虚さでした 紫陽花が咲く
(音波)戯れに右の乳房に触れてみる わたしなんにもなくしていない
(七十路ばば独り言)戯作者の心地で朱筆入れている終わった日々とこれからの日々
(五十嵐きよみ)どことなく自分に似ている一匹が鳥獣戯画の片隅にいる
056:枯(51〜75)
(原田 町)飲みものと飴は必ず持ち歩く声枯らすこと多きこの頃
(酒井景二朗) 木枯らしを栞代はりに讀む本で今二人目が死んだところだ
(橘 みちよ)見送りの朝にすさびし木枯らしの音もいつしか忘られて夏
(斉藤そよ) 線香を炊けば供養をしたような安堵をくれる枯れた桜木
(五十嵐きよみ)一面のひまわり畑いっせいに夏の終わりに枯れ果ててゆく
(飯田和馬) 3センチポットにトマト枯れてゆく淡い実りをひとつ残して
057:台所(51〜75)
(sh)にぎやかなテレビ、台所の背中、カレーの匂い、今日はいい日だ。
(蝉マル)徒歩二分のスーパーはわが家の台所今日はアイスキャンデーを買いにゆく
(鮎美)ままごとと母の評せし台所に一人分の飯三日分炊く
佐藤紀子) 台所が居間の続きになりてより女は一人で泣けなくなつた
(七十路ばば独り言)始末終えゴミ袋持ち台所出れば天頂に光る鎌月
(五十嵐きよみ)さりげなく台所へと逃げ込んで知られたくない涙をぬぐう
(生田亜々子)誰からも求められない感情が台所にてすもも噛む夜
058:脳(51〜75)
(原田 町) 紫陽花の花鞠ゆれてわが脳の記憶分野は曖昧となる
(鮎美)樟脳を継ぎ足す母の横顔よ三人姉妹だあれも嫁かず
(橘 みちよ)生体の寿命伸びしもせつなかり脳細胞の寿命は伸びず
(水絵)樟脳の匂い溢れて衣装函 母の薄物羽織りて泣けり
(七十路ばば独り言)今は脳まだらに蝕され追憶の深みと現(うつつ)がせめぎ合う日々
(飯田和馬)脳(なずき)なきかやつり草は日輪の動きのままに思いめぐらす
076:スーパー(27〜51)
(空音) 今君の心は遠く彷徨ってスーパーライトの煙吐き出す
(鳥羽省三) 逝きし子の内掛姿の裾あたり「さよなら」と書く字幕スーパー
(砂乃)また替わる?チャイムと字幕スーパーは首相の交代告げる前触れ
佐藤紀子)スクリーンは次の場面に移りをり字幕スーパー読み終へぬうち
眞露)帰り道スーパー銭湯立ち寄りて夜風に揺れるかがり火に酔う
野州) 確かめる値下げシールは黄の色の深夜スーパーの惣菜売り場
078:指紋(26〜51)
(砂乃)長引ける会議に疲れふと見やる指紋の溝をじっと数えり
(あかり) 指紋より深くこの身に刻まれた君との月日 我を育む
佐藤紀子) ペタペタと指紋のついた鏡台は五歳の双子の遊びの名残り
野州) 親指の指紋をうすく霞ませてパチンコ台で過ごす夏の日
(鮎美)チェロの弦太きを押さへチェリストは生涯指紋けづらるるべし