題詠100首選歌集(その40)

 8月に入った。いつもの年だともっと「8月」という実感があるのだが、今年はとりわけ暑い年のせいかもうとっくに盛夏を迎えたような気がして、それだけに8月の実感が薄い。原爆、敗戦その他重い記憶の多い特別の月でもあるのだが、その感慨もいささか薄れたような気がするのは、暑さが続いたせいか、それとも年齢とともに感受性が薄まっているのか・・・。

         
        選歌集・その40


001:春(291〜315)
(檀可南子)こっそりとビール持ち出し夜桜で乾杯をした はじまりの春
(桑原憂太郎) 欠席の続く生徒のアパアトに今日も立ち寄る春の雨の日
(はせがわゆづ)ゆっくりとたまごいろしたひだまりにとけゆく春の淡いまばたき
(砺波湊) 辞書たちが背中の文字の金色を少し深めて春がきている
(星桔梗) 君の手が握り締めてる封書には 春の香りが詰まっているか
(お気楽堂)意味なんて考えないでうふふふふって顔してごらん春なんだから
(月原真幸) あきらめた夢をかわりにかなえてる人をぼんやり見つめてる 春
(水沢遊美) もう少しこのまま眠っていたいから静かにしていて春の風音
027:そわそわ(133〜157)
(flower_of_the_briar) そわそわとどっしりがいて金魚にもそれぞれによき性格あらむ
(moco) そわそわと行き合い列車待つ間 できないことを思い浮かべる
(あおり)初めての浴衣の衿はそわそわを抑えこむようきつく合わせる
(A.I)はじめての春のスカートそわそわと靴ひも少女の指に絡まる
028:陰(132〜156)
(マメ)人として生きてくことに疲れた日物陰に入り四つ足となる
(希屋の浦) 今日もまた日陰にいるよ君を待つ昼下がりにはサルスベリ咲く
(藤野唯)眠ってるあなたに日陰をつくりつつ静かに生理を待っていた夏
044:ペット(76〜100)
(五十嵐きよみ)ため息で倒れかねない空っぽのペットボトルのような心境
(豆野ふく)店長とペットの役を演じわける丸いトラ猫のいる喫茶店
(穂ノ木芽央)おはやうのトランペットの絶えてなほ丘の上(へ)の樹に花は咲きけり
(flower_of_the_briar) 南里文雄のトランペットがラジオから流れる雷雨の中の天幕
(櫻井ひなた)もう一度生徒になってみたくなるトランペットと球児たちの夏
(丸井まき) 嘘はもう始まっている嫁に行く家のペットを「カワイイ」と言う
045:群(77〜101)
(時坂青以) 丘上がり群青の中佇めば時を失う闇の入り口
(豆野ふく)人の群れは顔の無いまま溢れてく あたしの肌はずっと冷たい
(穂ノ木芽央) 成就せぬ願ひを化石のごとく埋む苛立つほどの群青のした
(月の魚) 哀しきは群れし女よとひとりごつ君 紫陽花は今日盛りなり
(櫻井ひなた) あのひとの実家が群馬にあることをまたひとつ知ることが嬉しい
(いさご)木漏れ日を胸に抱いたままずっと、しゃぼんだまの群れ追いかけている
046:じゃんけん(79〜103)
(牛 隆佑) じゃんけんぽいあっちむいたら鰯雲/焼場の煙/君のスカート
(じゃこ) 見抜かれているってことが嬉しくてじゃんけんぽんでまたチョキを出す
047:蒸(77〜101)
(五十嵐きよみ)窓という窓の向こうに寝乱れた家族がいそうな蒸し暑い夜
(中村梨々)夏の日の少年だった 海の町 蒸気機関車が走っていく
(穂ノ木芽央) 泣きもせず別れのことば受けとめつ白き蒸気がかくす停車場
059:病(51〜75)
(原田 町)外資系疾病保険セールスの電話のみにて暮れる梅雨入り
(水絵)産みたるも育つ見込みの無き胎児(こ)産み  病みやつれおり細き手握る
(こすぎ)着せられたパステルピンクの病衣見て ちょこっとはなす ちょこっとわらう
060:漫画(51〜75)
佐藤紀子サザエさんの漫画の中のフネさんより年上らしい 今のわたしは
(音波)もう顔も思い出せない三号で消えた漫画の雑誌みたいに
079:第(26〜50)
(コバライチ*キコ) 徳島が第九の里と聞きし夜鳴門の渦にかかる旋律
(空音)あの頃の甘酸っぱさが蘇る第三京浜に潮風が吹く
(鳥羽省三) 第二夜は「座敷わらし」の話なり奇譚十夜は今宵盛況
野州)貶されるほどに力もあつただらう第二芸術論のゆかしき