題詠100首選歌集(その45)

 この夏は、観測史上最高の暑さだという。史上最高と聞けば少し嬉しくなるのも奇妙なものだ。とりわけわが練馬区は、東京でも一番暑いとのこと。ちょっとばかり誇らしくもあるが、それにしても暑いですねェ。   

          選歌集:その45

008:南北(238〜262)
(桑原憂太郎)地図にある南北線を指で追い静脈と言ふリスカ癖の子
(砺波湊) 岩に袖に注ぎ足してゆく不幸せ 鶴屋南北描きし姉妹
(お気楽堂) 南北に伸びたる道を夏の風吹いて甲冑騎馬のまぼろし
011:青(213〜237)
(志井一)信号が見渡すかぎり青だった あとは黄赤になるだけの青
(キキ) 遠雷に夏の終わりを覚悟する 羽ばたき散らすかわせみの青
(蓮野 唯)青春の一言だけで片付けて積み上げられた恋の屍
032:苦(132〜157)
(伊倉ほたる) 真っ白な朝の歯磨き粉がわらう苦さも弱さも知らない顔で
(ふみまろ)アルバムにかつての家族笑いおり夏が近づく苦瓜畑
(あおり) 人生の苦味渋みも知ったのにまだ珈琲にミルクを入れる
(bubbles-goto)苦瓜のぶら下がる夜 戦争を知ってる人がまたいなくなる
055:アメリカ(76〜100)
(高松紗都子) くちびるがつよがりを言うアメリカンチェリー無邪気に光らせながら
(じゃみぃ)アメリカンジョークの一つも言いたくて送別会でそっと近づく
071:褪(52〜76)
(新井蜜) 色褪せた記憶のやうな薄青い朝顔が咲く梅雨の合間に
(新田瑛)五年前あなたがくれた押し花はもう色褪せてしまったけれど
(sh)色褪せたあの日の夢も現実も同じ絵として今、ここにある。
072:コップ(52〜76)
野州) 一枝を手折りてコップに活けながら一日花の白きを愛でる
(虫武一俊)紙コップ倒れる音の軽やかさ銀河彼方の父を思えば
087:麗(26〜50)
(天鈿女聖)泥だんご20個一緒につくってたキミは綺麗になってしまった
(理阿弥) 孤独死のニュースを余所に小綺麗なロップイヤーが顔洗ひをり
(原田 町) 麗しく水たたへたる(あふみのみ)生老病死はこの世のことで
089:泡(26〜50)
眞露ハイボール泡に消えゆく幾千の想い飲み込みまた夜がくる
(鮎美)泡立て器こまかにボウルにぶつけつつ鶏卵ひとつ液体にする
佐藤紀子)雪消えて緑かがやくゲレンデに泡立つことく野の花が咲く
090:恐怖(26〜50)
(周凍)汝がゆく恐怖にかたちとられたる吾てふ影のあをく揺れつつ
(コバライチ*キコ) 海中で出会ふイルカの巨大さに恐怖たちまち畏敬と変はる
(理阿弥) 蝶蝶に恐怖おぼえる遺伝子を授けた父よ 孫を見に来よ
091:旅(26〜50)
(コバライチ*キコ) 日常をつつがなく送るそれこそが楽しき旅と気づきし夕べ
(新井蜜)すぐにでも旅立てるやう歯ブラシと着替へを詰めた茶色の鞄