題詠100首選歌集(その46)

 暑い日が続く。昨日は京田辺市で39.9℃を記録したとか。これが体温なら緊急事態だ。まだまだ酷暑が続きそうだ。皆様くれぐれも御身ご大切に。


選歌集・その46

012:穏(215〜239)
(紺野月子)穏やかな君の笑顔がいいよねと言えば真顔の君がはにかむ
(蓮野 唯)穏やかなわけではなくて臆病で気持ち告げずに過ぎた六年
(月原真幸)もう誰も傷つかなくていい嘘を考えている穏やかな午後
(振戸りく)あなたには触れないように気をつけて残りの日々を穏やかにする
026:丸(155〜179)
(桑原憂太郎) クレームの処理の終わつた午後9時の職員室で丸つけをする
(あおり)画用紙におんなじような丸を描き「りんごといちご」と言い張る2歳
(お気楽堂) 職人の手より生まるる丸き菓子はつなつなれば透きとほりたる
033:みかん(128〜152)
(ふみまろ) うつ病の友がくれたるみかん箱 果汁のごとく夕焼けの降る
(桑原憂太郎) 窓枠に冷凍みかん並べをり卒業間近のA組の午後
(イノユキエ) まだ青いみかんを剥けば諦めが発火点まで押し上げられる
(湯山昌樹)三ヶ日のみかんは甘し 噛むたびに薨りし祖母の思い出されて
(蓮野 唯) 寄り添って詰まるみかんの房に似て晦日を走る満員電車
(あおり)缶みかん食べて眠ってもう風邪は無かったことにする月曜日
(キキ)そばかすがかわいいよっていいながら荷物にみかん、しのばせる母
(山田美弥)こたつにはみかんと相場が決まってて隣にいるのはデブ猫がいい
042:学者(102〜126)
(香-キョウ-)なぜ?なぜ?と 疑問だらけの子供たち 学者のタマゴ と 助手の私 と
(湯山昌樹)理科室より出で来る子らはいっぱしの学者の顔で階段下りる
052:婆(80〜104)
(穂ノ木芽央)真新しき卒塔婆かたかた鳴りやまぬ風は貴女を迎へにきたか
(村木美月) お転婆と呼ばれし日々の幸せは続かなかった背伸びしたから
053:ぽかん(78〜102)
(生田亜々子)魂の抜け殻なりし魚らのぽかんと開いた口に串刺す
(のわ) 処暑の頃オヤジが逝った 蝉が鳴く病院脇でぽかんと立った
(南野耕平) いきなりのさよならなんてあんまりだ 月もぽかんと見てるじゃないか
(村木美月) めずらしく恋歌詠わない夜にぽかんとしてる月にウィンク
056:枯(76〜100)
(こすぎ)枯れる前深紅に染まる樹々は ほら 在るがまま行き為すがまま去る
(高松紗都子)枯草に焔のにおう冬の野辺きみの背骨のかたちをなぞる
(南野耕平)枯渇した湖ひとつ胸裏に秘めて演じる優しさもある
075:微(51〜75)
野州)白色に紅は微かに沈みゐて一日花の底の明るさ
(新井蜜) 自転車を並んで押した薄青いあさがほ色の微かな記憶
(新田瑛)目を閉じて微かに風が吹いている 選べなかった未来をおもう
(原田 町) 微かなる風の動きもうれしかり南瓜畑に雑草ぬけば
(橘 みちよ) 白昼のカーテンごしに花木槿(はなむくげ)ふいに散りたる微かな気配
(水絵) 石室の奥にまします御仏の 微かに笑みて印を結べり
(酒井景二朗) 顯微鏡は小さい乍らどこかしら「考へる人」めいてたたずむ
077:対(51〜75)
(鮎美) 対旋律奏づるごとし梅雨明けて百日紅に舞ふ黒揚羽蝶
(新田瑛)新聞をテレビ欄から見る人の「絶対」という言葉は軽い
(青野ことり)対岸に翡翠カワセミ)色がひらめいて散歩の足音一斉に止む
(新井蜜)七月のをはりの朝に目覚めれば対岸に鳴くかなかなのこゑ
(音波)死んじゃえと対向車線につぶやいて海に出るまで立ちこぎにする
(橘 みちよ) 義憤ゆゑ抗議文を書きゐたりしがおのが本音に対(むか)ひたぢろぐ
(如月綾) 対岸の火事がいつしか飛び火して焼け野が原に気づけばひとり
(七十路ばばの独り言)相対死そんな言葉が誘起する近松の戯曲雪の道行き
(酒井景二朗) 燒け焦げた熱電對が竝ぶ部屋 戀は危險にならざるを得ず
088:マニキュア(27〜51)
(コバライチ*キコ)日曜の夜はマニキュアの色選び戦闘準備していた昔
(砂乃) ひと時の夏のバカンス通り過ぎ剥がれたマニキュア終わったロマンス
(鮎美)マニキュアを塗る夜は林静一の描く少女の横顔をして
(新田瑛)マニキュアを塗られた爪をもつ指が細かく揺れて机をたたく