題詠100首選歌集(その49)

         選歌集・その49


006:サイン(253〜277)
(宵月冴音) 今思えばあれこそサインだったのだ 焼き場の空の雲がちぎれる
(星桔梗) 返信の思いの丈の片隅に拘っているあなたのサイン
(短歌日和)さよならの合図なんだね 飲み干した缶ビールばかりずっと見ている
017:最近(188〜212)
(振戸りく)年齢と共にだんだん最近の幅が広がる傾向にある
(水風抱月)文二つ問うを赦さず君の逝く「最近どうです」「お元気ですか」
020:まぐれ(182〜206)
(さかいたつろう) はじまりはまぐれで当てた誕生日それすら好きの言い訳にする
(おっ)この店のシェフと気が合う気がすると気まぐれパスタに意気投合す
027:そわそわ(158〜182)
(一夜) そわそわとあなた待つ日の装いは 胸元開いた白きブラウス
(蓮野 唯)初恋が世界の全てをそわそわとピンクの風で揺らめかせてる
(振戸りく) 目的地までの国道 ハンドルを握らない手がそわそわしてる
028:陰(157〜181)
(bubbles-goto) 陰謀論育つ暗がりガラス器にしらじら揺れるヒヤシンスの根
(お気楽堂) 紫陽花の根元の妙に濃い陰がひょいと動いて黒猫になる
(蓮野 唯) 好きという気持ちを陰に潜ませてそ知らぬ顔で話しかけてる
(本間紫織)花陰に潜ませていた まだ恋と呼べないモノを抱えたままで
(やすまる)傾いた陽に透かしては懐かしむ陰画のような過去の星々
046:じゃんけん(104〜128)
(壬生キヨム) じゃんけんで大事なことを決めたのを案外後悔していないのです
(湯山昌樹) 延々とあいこが続いているうちに異次元に飛びそうなじゃんけん
(振戸りく)じゃんけんで決めることなどなくなって大人になったような気がする
(山田美弥)じゃんけんはいつもあいこだ 友達は鏡の中の私だけだし
047:蒸(102〜126)
(のわ) 蒸しパンをあんぐり頬ばり手を振って「ぶー」と笑うきみ生まれて六月
(こゆり) 溶けきったブルーハワイも青だけを残して蒸発したゆめのあと
(イズサイコ)「今日蒸すね」何がしたいという訳じゃないけど送る真夏のメール
(湯山昌樹) そこここで蒸される湯気を見ているとまたヨコハマに来たなと思う
(黒崎聡美)おすすめは蒸し料理という居酒屋に恋から遠い三人で行く
078:指紋(52〜76) 
(新井蜜)べつたりと付いた指紋を拭き取つて昨夜のことは無いことにする
(音波)親指の少し指紋が破けてるところが記憶の夏の入り口
(橘 みちよ)今日つひにかのデパートも閉店せり青磁の茶碗にのこしし指紋
(富田林薫)明け方を気にする事のない夜にワイングラスの指紋が残る
(酒井景二朗) 印畫紙の指紋もいつか被寫體のあなたとともに色褪せてゐる
(晴流奏)がむしゃらに頑張って居た夢のあと指紋の付いたレポート用紙
(木下奏) ぐるぐると渦巻く指紋のひとつには宇宙へ繋がる暗号がある
092:烈(26〜50)
(コバライチ*キコ) 突如として烈火の如く怒る子をキレやすいなどとひとくくりにする
(鳥羽省三)烈士の碑烈婦の碑銘に囲まれてただ穏やかな義母・禎の墓碑
(新田瑛)熾烈なる戦いののち人々はまたそれぞれの空を見上げる
(庭鳥) 秋風が吹けども未だ烈日の日々が続けり霜降るを待つ
(草間 環) 恋人をじりじりと焼く烈日に為す術も無く夏は過ぎゆく
093:全部(27〜51)
(砂乃) ポケットの中身は全部見せあって僕らはおやつをはんぶんこする
(鮎美) かなしみはコントラバスのおほきなる胴の全部も震はせてゆく