題詠100首選歌集(その56)

                選歌集・その56


001:春(316〜340)
(振戸りく) なんとなくたまご色しているような気がする 頬に春風が吹く
(夷と鵜) 春風に合わせて唄う また一つ言葉をきみに 教えるために
(ゆらり) 春色のスカート乗せて自転車が追い越して行くそして青空
(原 梓) やわらかな春に似た鬱やってきて上り框で靴を揃える
(内田かおり)  ゆっくりと手を差しのべる優しみに耳朶ひとつぶの春を持ちつつ
052:婆(105〜129)
(黒崎聡美) ふるふると麻婆豆腐ふるえれば老いはそこまできているようで
(キキ)帰り道 つぃと卒塔婆に打ちあける みよこのひみつ わたしのひみつ
(山田美弥) 六歳の娘のための夕飯に麻婆豆腐は甘く仕上げる
(豆野ふく) 引越しや病院のこと話しつつ麻婆茄子を二人でつつく
058:脳(101〜127)
(まといなみ)お風呂でて深夜アニメを見終えたら右脳がきみに触れたがってる
(お気楽堂) ごく稀に天の恵みと思う句を生むことありぬわが俳句脳
(わだたかし)脳みそは使う分だけ動かして残りは定年後にとっておく
060:漫画(101〜125) 
(お気楽堂)漫画ならあまい言葉で仲直りするところだが砕ける茶碗
(桑原憂太郎)教科書の隅つこにかくパラパラの漫画のやうな教師のしぐさ
(黒崎聡美)窓のない店には雨のにおいして中古漫画のセット販売
074:あとがき(78〜102)
(じゃこ) すごくいい小説だったのになぜか反省文のようなあとがき
(五十嵐きよみ) あとがきの謝辞に連なる名の中にあなたと一字違いの学者
(ちょろ玉) 「初めての彼女が君でよかった」とあとがきに書くような自分史
(希屋の浦) ある夜にあとがきみたいなこと書いておわらせようかわたしの人生
(秋月あまね) この本の著者たる歌人この本の完成を見ず、とあるあとがき
ウクレレ) あとがきを書くため書いた小説もあっただろうと触れる耳たぶ
079:第(76〜101)
(まといなみ)生まれたら落下していた夜だった 第三惑星雨降りしきる
(藻上旅人)今日もまた次第に明けてゆく空になくした昨日思い出してる
(桑原憂太郎) 落第の心配のない生徒らの着信光る午後の教室
089:泡(51〜81)
(原田 町) 泡だちの良き石鹸とセールスに騙されたりき戦後の母は
ウクレレ) 完璧な泡の比率でビール注ぐモンローみたいなスタイルのきみ
(お気楽堂)新しいスポンジに換えたっぷりの泡できゅきゅっとグラスを洗う
090:恐怖(51〜82)
(sh) 吸血鬼 おばけ 怪獣 ひとごろし  恐怖におびえて子どもは眠る
(如月綾) 他人(ひと)の目に怯えるくせに周りから無視されることは更に恐怖で
091:旅(51〜80)
(生田亜々子) 人体の上を旅してゆくようにツボと気脈の名を憶えゆく
(原田 町) 葡萄狩り梨狩りつぎは紅葉狩り旅をいざなう秋の雲ゆく
(七十路ばばの独り言)旅にあれば日頃の仮面脱ぎ捨てて七十路女ははしゃぎて過ごす
佐藤紀子)良心は少し旅行に出しておき医者の禁じるケーキを食べる
(ちょろ玉)「遠距離になっても好きでいようね」とどこにも行かない卒業旅行
092:烈(51〜76)
(酒井景二朗)烈日も果てて普通に道端に花咲く秋に色を塗る風
(青野ことり)猛烈なからっぽ感をひたひたとこぼさぬように摺り足でゆく
ウクレレ) 痛烈な当たりはサードの正面で一歩もきみへ近づけず、冬