題詠100首選歌集(その58)

           選歌集・その58


018:京(207〜231)
(闇とBLUE) 恋人の本積み上げられた窓辺にはいつもくもりの東京の空
(小林ちい)あの人が眠りにおちる街と知れば前より好きになった東京
020:まぐれ(207〜231)
(勺 禰子)きまぐれな猫といふけどそのときの猫は真剣だつたと思ふ
(r!eco) きまぐれに触れた指先のせいでまだ火照った頬の熱がひかない
(はせがわゆづ) 気まぐれに撮った写真の一枚に残るたしかな温度をなぞる
(内田かおり) これだけはまぐれ当たりの星ひとつギャンブルみたいに友達となる
042:学者(127〜151)
(久哲) うろ覚えの数学者の名を付けてやるひしゃげた自転車の前カゴに
043:剥(129〜153)
(お気楽堂) 始発待つ時間の無頼ひとりなれば剥げた化粧をなおす気もなし
(B子)お徳用シールの過去を知りたくて剥がせども剥がせども398円
ウクレレ) もう夏は終わったと知る SAYONARAの絆創膏をゆっくり剥がす
(わだたかし) 傷はもうとっくに癒えたはずなのに絆創膏は剥がせずにいる
今泉洋子) 感情が漲つてくる可惜夜(あたらよ)に子宮のかたちの洋梨を剥く
(帯一鐘信)アイドルの水着写真の八月を剥がすときまで毎年生きる
(内田かおり) 蝦夷鹿が耳立てて食む白樺の皮の白きよぐるり剥かれて
045:群(127〜151)
(山田美弥)夕焼けに心奪われたフリをして友達という群れをやり過ごす
ウクレレ) 舞いおりて群青色のセーラーの肩に寄り添うさくら花びら
今泉洋子)福寿草群がり咲けば杳(とほ)き日の家族十一人集ひ来さうな
(内田かおり) 山際の紅き縁取り沈もりつ群青の空いよよ濃くなる
057:台所(101〜125)
(湯山昌樹) 連日の遅い帰宅に夕食の席は台所の隅に決まれり
(詩月めぐ)西日差す台所に立つ母の背が悲しく刻む千切りキャベツ
(山桃)台所(だいどこ)とつぶやきみればうかびくるうすくらがりのなつかしき影
(こゆり) 笑われて「古風だね」って誉められる「台所」って言ったくらいで
(ワンコ山田)祝杯を最後に交わす約束とずっと過ごした台所(だいどこ)にいる
(わだたかし) 空っぽの台所から差し込んだ光で思いだすことがある
(黒崎聡美) 大振りの苺を洗う台所すなおに好きと言えばよかった
059:病(101〜125)
ウクレレ) また恋の病をぼくは患った予防接種をしたはずなのに
(こゆり) 病院に行くたびただの風邪でありちょっとがっかり(あなたはこない)
(ワンコ山田)病葉の死にゆく様を二人してひとつのソーダの泡で見送る
(星桔梗)床に就く母の病の名も知らず幼子たちは無邪気に笑う
078:指紋(77〜102)
(南葦太)君の手がつけた指紋は消せぬままリンダリンダを風呂場で歌う
ウクレレ) 「さ・よ・な・ら」と最後の握手するゆびの指紋のなかのムンクの叫び
(五十嵐きよみ)車窓越しに手と手を重ねたその後のガラスに残る互いの指紋
(お気楽堂)券売機のタッチパネルに残された指紋の上にもうひとつ足す
(高松紗都子)日にやけた肩に指紋が残るほど抱きしめている海沿いの道
080:夜(79〜104)
(牛 隆佑) 朝は辛い昼はしんどい夕方はくたびれ果てて夜は あいたい
ウクレレ)昼と夜にサンドイッチにされていた夕焼け空をふたりで食べる
(五十嵐きよみ)千一夜語り続けたお妃の薄いヴェールの下のくちびる
(藻上旅人) 夜になり朝が来てまた夜になる変われぬままの僕だけのこる
(高松紗都子) 眠れない夜にひらいた携帯のタイムラインがまだ流れない
(田中彼方)ガス灯をともして、夜をつれてくる。すこし寝坊をした点灯夫。
095:黒(51〜76)
(酒井景二朗) 高僧が墨黒々と書き上げる希望の持てぬ「今年の漢字
佐藤紀子)忘れられ靴箱の闇に隠れをり踵の細き黒のサンダル
(如月綾)黒猫が何度も前を過ぎったし別れ話の予感はしてた