題詠100首選歌集(その59)

          選歌集・その59


009:菜(259〜283)
(みち。)たいせつにされすぎていて死ぬなんて言えない野菜ジュースがにがい
(夷と鵜)母ちゃんの野菜きる音はやすぎてなわとびくるう夏休みの朝
(だったん) いちめんの菜の花畑に立つ祖母と幼い私を撮ったのは誰?
011:青(238〜262)
(わだたかし) 青春に似ている色のクレヨンを使って描いたキミの似顔絵
(ひめじょおん)君がふと今日のおそらも青いねと背中で言った最後の夏に
松木秀)青空が遠く感じるこんな日は口笛の音がやさしく溶ける
(闇とBLUE) スカートの中は冷たい青りんご鳥の真似する君のくちびる
(久野はすみ)ドアまでの数歩が遠い青とかげ尾をひからせてひざかりに消ゆ
ひぐらしひなつ) 天を目指す水泡のようなさみしさに青年の肘かがやく五月
012:穏(240〜265)
(みち。)穏やかにあなたを流れる血液の音を聴きたいすこし泣きたい
(空色ぴりか) 穏やかな顔しているね春闇の中きらきらとスピカが光る
(ひいらぎ) 穏やかな日々の流れを変えていく君の笑顔が痛いほど好き
(内田かおり) ひと山を越えて穏やかなる時の金木犀の香の暖かさ
ひぐらしひなつ)間延びした影よこたわる平穏を思う九月の療養所にて
027:そわそわ(183〜207)
今泉洋子)そはそはと新聞を待つ投稿歌載るやもしれぬ日のあかときを
(羽根弥生)そわそわとしかくいへやはうごきだしみちみちてゆくだれかのけはい
(r!eco) 履きなれないミニスカートから飛び出したひざこぞうがそわそわしてる
(清次郎) そわそわと君を待つ朝玄関の消火器使用方法を読む
028:陰(182〜206)
(おっ)描きあげた愛する人の横顔を陰影だけがリアルにさせる
(田中彼方) 信号が青になるまで待つ日陰。まだあなたから歩き出せない。
(羽根弥生)岩陰より出でくる千の蟹ありて千の影一斉に伸び上ぐ
(内田かおり) 山襞の陰影薄くなる秋に落ち行く雲は桜鼠(さくらねず)色
035:金(155〜179)
今泉洋子)金糸雀カナリア)になつたと言へり歌を詠む脳の中枢病みたる友は
(帯一鐘信) 金髪の根元が黒い人たちと産婦人科の前すれ違う
(内田かおり) 朝陽少し上りて波頭の金色の散らばり見れば今日の確かに
(村上きわみ)黄金比すこし崩して描きおえた画布に錯誤のような雲湧く
062:ネクタイ(101〜125)
ウクレレ)触角のようにネクタイ踊らせてきみに会うため駅まで走る
(桑原憂太郎) 父親のネクタイを切り刻むといふ母親の話を生徒から聞く
(お気楽堂)ネクタイを緩める指の無意識とふっと視線をおくる無意識
(わだたかし)ネクタイを奇麗に締めるよりずっと簡単だった別れの言葉
(薫智)キャンバスに画家を気取って添えていく色とりどりのネクタイ選び
082:弾(76〜100)
ウクレレ)不発弾のため息みたいな叶わない恋をこころの底に埋めてる
(水絵)風に乗り子らの弾みし声響く 猛暑の後の秋晴れの日に
(山桃) 弾かれて命震へる楽の音に肉と心の二重の螺旋
(高松紗都子)ほうせんか弾ける種子のあかるさで君が笑ってくれたのだから
096:交差(52〜76)
(青野ことり)ゆく夏と迎える秋の交差点 蜻蛉はなにをみているのだろう
(橘 みちよ) 前足を交差して顔おほひつつ猫は眠れり仕事せるそば
097:換(51〜75)
佐藤紀子)四歳が交換条件出してくる 「くすりをのむからチョコをちょうだい」
ウクレレ) なみだという変換キーを叩いてもいいよなきみに振られた日なら
(橘 みちよ)健康と引き換へに歌を得し子規か硝子ごしの空飛行雲あり
(ちょろ玉) 夢だった国語教師と引き換えに失う別のアイデンティティ
(お気楽堂) 今日止まりの電車を降りる乗換の明日行きはまだホームにいない
(薫智) お互いに交換をした腕時計住んでいる地の時を刻んで