題詠100首選歌集(その66)

選歌集・その66


033:みかん(178〜202)
(村上きわみ) 網棚に冬のみかんを香らせて帰るところがあるひとになる
(羽根弥生) みかん一つ夏の真中へ開くとき走る少女のごとく光れり
061:奴(127〜151)
(ワンコ山田) 死んだって(あんな奴ら)とひとくくり悪友が居てくれてよかった
今泉洋子)鴎外の不機嫌よろし奴髭も威厳さへなき平成家長
(南雲流水) 悪口の前に必ず置いてある「いい奴だけど」が俯いている
(ましを)いちばんの得意料理が冷奴だったむすめが明日祖母になる
062:ネクタイ(126〜150)
(内田かおり)何気ない君の仕草の真ん中でネクタイ揺れるさも正しげに
(ワンコ山田)ネクタイをきつく結べば一瞬の記憶海馬を飛び出す危険
(bubbles-goto)顔持たぬ五本の喉が並ぶ図にネクタイ結ぶ手順を学ぶ
(豆野ふく) ネクタイを弛める仕草が好きだから内緒で上げる設定温度
080: 夜(105〜131)
(内田かおり)  星のない夜の深さに融けられず見えぬ己に目を凝らし居り
(だったん) 土曜日の夜の映画を観終わって踏みしめている家までの道
(詩月めぐ) 夜に書く日記や夜に詠む歌は恥ずかしそうに朝を迎える
(清次郎)薄雲は街を映してほの赤く 誰かの服を脱がせたい夜
今泉洋子)いつはりの笑顔仕舞ふごと秋の夜にぱきんと畳む携帯電話
(闇とBLUE)ほわほわの温もり逃がさず包みこみ洋服箪笥にしまう雨の夜
081:シェフ(103〜127)
(村木美月) シェフだった祖父の優しい手のひらを思い出してる病院の椅子
(内田かおり) 厨房の扉の不意に開きおればシェフの幾人帽子の高く
(斉藤そよ)移住者のシェフが受け入れられる日の地産地消のカレーパーティ
(山田美弥)スーパーの紙袋から長ねぎをのぞかせ君のためのシェフきどり
082:弾(101〜125)
(小林ちい) 11の指が連弾するピアノ 椅子に半分ずつ腰掛けて
(湯山昌樹) ロングレールの継ぎ目正しく音をたて心弾ます旅の始まり
(村木美月) 不発弾抱えたまんま堕ちていく愛されること覚えた日から
(斉藤そよ) ひっそりと弾き語られる未知の地の校歌のなかにそびえたつ山
(山田美弥) あんたがたどこさと鞠を弾ませて夕陽にのびる影はひとりきり
093:全部(77〜103)
(ひじり純子)空の星全部集めて瓶に詰め「金平糖」とラベルを貼ろう
(音波) 今日までのあなたの思い出を全部 置き去りにするバージンロード
094:底(77〜103)
(古屋賢一)八月の日射しさえぎる水かさを見上げても見上げても雲の底
(音波)木枯らしの季節の底で抱き合って君の背骨の場所を覚える
(帯一鐘信)涙ならもう出ない冬行き着いたプールの底で見上げれば海
(桑原憂太郎) 教員の質の低下を批判する新聞記事を床底に敷く
(黒崎聡美)春の夜は底なし沼のようにあり窓や扉をきっちり閉める
(五十嵐きよみ) 飲み終えてカップの底の蝶の絵につい口許をゆるませており
095:黒(77〜101)
(ふうせん) ハイヒール出かけそびれて秋が来てまだ新しい黒いエナメル
(秋月あまね)北限をさらに北へと追い立てて根を下ろしたる褄黒豹紋
(音波) ポツポツと雨が都会を黒くする  あぁ、生きるって、こういうことか
(内田かおり)  夜道行けば黒々と山そびえ立つ生を守りし一途なるもの
(ひじり純子) 黒文字をそっと添えたる練り切りに渋めの抹茶の後味や良し
096:交差(77〜101)
(牛 隆佑)様々な比喩を孕んだ交差路も最終バスは通過してゆく
(如月綾) 刹那でもあなたと僕の人生が交差していただけで幸せ
(sh)もう少し君と話していたいから交差点までゆっくり歩く
(音波)君の住む部屋に通った交差点の道順ばかり思い出してる
(穂ノ木芽央)シグナルの無い交差点に立ち気づく待つべきものは既に無きこと