題詠100首選歌集(その3)

        選歌集・その3


004:まさか(57〜81)
(五十嵐きよみ)ポケットの右には「まさか」左には「やはり」が同じ重さでひそむ
(原田 町)わたしよりまさか年上ほんのりと桜色した頬を見つめる
(螢子)まさかって今でも思う春の日のメールの中の別れの軽さ
(湯山昌樹) 時折は「まさか」ということしでかして 中学二年は大人か子供か
005:姿(28〜56)
(津野) 改札は後ろ姿を排出す肩の向こうの家路夕焼け
(香澄知穂)あてもなく君の姿を探す街スカイツリーの蒼い影立つ
(梅田啓子)こうべ垂れ祈る姿に並びいる地平線までひまわりの花
(音波)そのまんま春が来そうな休日に後ろ姿の猫を見ている
(牛 隆佑)生き急ぐあなたを乗せてびょうびょうと地球は前傾姿勢で走る
(那緒) 姿見がとらえたぎこちない笑みが駅ビル3階ジャケットを買う
006:困(28〜53)
(津野)「困らせるつもりはないの」と言うくちが残り時間の砂を数える
(星川郁乃) 貧困を憂える番組は終わりテレビが映す青い青い空
(紗都子)困らせてみたいと思う正論のきみの真摯が苦しいときは
007:耕(28〜53)
(いちこ)小さき手で耕し植えたサツマイモ収穫の日を待つ砂時計
(梅田啓子) 茄子トマト、ジャガ芋の位置定まりておもむろに夫は畑耕す
008:下手(26〜53)
(津野) 下手な字で幼いことばを書き送る花びら色の切手をください
(いちこ) 下手な嘘付かせなくとも済むように別れを告げていい日旅立ち
(天鈿女聖)下手投げされた気分で遮断機があがってこない踏切を見る
011:ゲーム(1〜25)
(猫丘ひこ乃)ふりだしに戻るばかりのゲームして堆くなるため息の塔
(オリーブ) 早春の螺旋階段かけ上る この恋ゲームにはしたくない
(鮎美)始発待ち別れし渋谷駅前にゲームセンターしづもりてゐき
(みずき) ゲーム器に孤独の指を遊ばせて五歳はけふも丸き目をする
012:堅(1〜25)
(猫丘ひこ乃)堅炭と語りはじめるようにしてほのかに暖をとる京の朝
(紫苑) 春雨のしづく置きたる堅香子(かたかご)は恋はかなきを知りてうつむく
(みずき)帯紐の堅さに凛と伸ばす背 春のうららを踏みて祇王寺
(南野耕平) 扉という扉は堅く閉ざされて人の匂いのしない冬の夜
013:故(1〜25)
(映子)千一の 仏の顔に 故人あり お寺巡りは 抹茶で終えて
(猫丘ひこ乃) 故郷へと向かう列車で恵方巻南南東がずれてゆきます
(まるちゃん2323) 故郷は祭りのあとの風のよう行きかう人の顔さえ知らず
(みずき) さよならも何故も染めたる夕焼けへ葬る過去の小さき抗ひ
014:残(1〜25)
(西巻真) 生花店に花のむくろは並びゐてあなたにわたす無残をひとつ
(みずき)残像と生るる樹影のそよ吹きて亡父のこゑを探す夏の夜
(アンタレス)わが残生いくばくありや老いたれば孫娘の顔を丁寧にみる
015:とりあえず(1〜25)
(吾妻誠一)とりあえず 夏へと向かうバスに乗り こどもに戻る土曜日の朝
(アンタレス)求めいし本三册が届きたりとりあえず讀む薄き本から