題詠100首選歌集(その4)

     選歌集・その4


001:初(100〜125)
(渡辺タテタ) 初めてのブーツを買った温もりで雪に裂かれた倒木を踏む
(酒井景二朗)初霜を踏みまよひつつふくらめる雀の嘴に冬は來にけり
(花夢)白鳥のような姿勢で謝れば今年になって初めての雪
(穂ノ木芽央)初期化してみんなあなたにあげるからインストールはお好きなやうに
(香村かな) どこまでもいける自由がこわかった初めて乗れた電車の記憶
(さくらこ) 初めての冬を過ごしたぼくたちにいま降り注ぐ透明な春
(ぽたぽん)いままでに見たことのない顔をして初孫を抱く父の太腕
(じゃこ)書き初めで初心忘れるべからずと書いたことすら忘れた二月
002:幸(82〜109)
(本間紫織)それだけでいいと思った君がいて幸せそうに揺れる雪洞
(螢子)病院は幸町に建っている悲喜こもごもの思い閉じ込め
(詩月めぐ) おそろいがひとつふたつとふえていくだんだん幸せ感じる二月
(花夢) 母親の幸福なんて真っ黒な煮豆のようなものに思えて
003:細(71〜96)
(コバライチ*キコ) 細長く裂きし布織る手仕事の確かな時間祖母から母へ
野州)一丁の豆腐を購め細き路地出ずれば五分刈り頭が寒い
(月原真幸)細い細い記憶の糸を断ち切って毛玉のように捨てる思い出
(内田かおり) 沈み行く陽が一線となる刹那緋色は細く藍を滲ませ
(穂ノ木芽央)少しだけこころに細工を施して回転木馬の順番を待つ
005:姿(57〜82)
(五十嵐きよみ)あらためて一から出会い直したい互いに鳥に姿を変えて
(あひる)朝な夕な庭のみかんを啄める鵯の姿まあるくなりぬ
(コバライチ*キコ)ばらばらの姿も楽し長閑なる寄居の寺の五百羅漢の
ウクレレコピー機の緑の光を操ってきみは正しく姿勢よく立つ
(花夢)恋人に褒められたから嬉しくて姿勢をすこし猫背になおす
(本間紫織) 大人びた横顔みせて僕はまた別の姿の君に恋する
(香村かな)雨音が消した会話に傘の海紛れた君の姿をさがす
006:困(54〜78)
(るいぼす)困惑が手にとるようにわかるからもう言わないよ「会いたい」なんて
(螢子)困った顔見たくないから受け入れた別れは君の知らない事実
(コバライチ*キコ) 困らせた記憶ばかりが蘇る夜は夢すら海に沈める
009:寒(27〜53)
(はこべ)床にある軸をながめて何思う寒山拾得近くて遠き
(天鈿女聖)寒冷地仕様の恋は後ろから君を抱けないことになってる
(いちこ)寒き日と思いて窓の外見れば雪の花咲き白き街並み
(香澄知穂)寒空に白い吐息と白い月 孤独と孤独合わせて眠る
(梅田啓子)寒鰤にあら塩を振るそのせつな能登の荒海しずもりていむ
(螢子)寒き夜を温め合いし日もありぬ窓打つ雪の音独り聞く
野州)四百円の煙草を吸えば嫌われて五分刈り頭に吹く風寒し
(紗都子) 寒空をうすく切りとる促音のきみの「きっと」に照らされている
(髭彦) 父逝きし都の冬は寒かりき戦終はりてわづか五年の
(山田美弥) 寒ささえ愛を育てる言い訳にできたあなたはお元気ですか
010:駆(26〜51)
(薫智) 君からの「あなたはあなた」の一言で僕が駆けだす勇気をくれた
(峰月 京)ボール追う猫を息子が追い駆けて 日なた埃に目を細む午後
(紗都子)校庭につかのまの雪とけてゆく駆けるこどもの足跡つれて
016:絹(1〜25)
(猫丘ひこ乃)すこしだけ絹が混じったワンピース背伸びしていた日の君といる
(紫苑)生糸積みし港の名残り横濱(はま)の名を今に伝ふる絹のスカーフ
(成瀬悠太)まっすぐに空へ伸ばしたてのひらで掴んだ風は絹の手触り
(吾妻誠一)紫の絹風呂敷で連れ出した 経木流しに残暑厳しく
(さと) 十日夜の絹の光は降り注ぐ 青い静寂に吾子は眠れり
(南野耕平) 絹をぬぐように静かに晴れてゆく月夜にさらす裸のこころ
017:失(1〜25)
(紫苑)失衡の予感をはらむゴンドラに差し向かひつつふたり黙(もだ)せる
(みずき)失ひし総て数ふる手のひらに愛の欠落きりきりとあり
(こはぎ) 手の中で失われていくその光 届かないままでいればよかった
(南野耕平) 来た道を振りかえりつつそれぞれの角で失くしたものを弔う
(畠山拓郎)失恋の特集を読む夜であるバレンタインの義理チョコを食べ
(いちこ)失恋とさへも呼べない感情をもてあましたる星降る夜に
018:準備(1〜25)
(西巻真) 死ぬ準備して生まれくるかげろふをうらやむごとく日々を過ごしき
(映子) 天ぷらの 準備がちゃんと できる頃   主婦は交代 シュウトメになる
(吾妻誠一)酷寒の日めくり薄く準備する 灯油二缶酒は三升
(薫智) やることはたくさんあるが準備する時が一番楽しい時間