題詠100首選歌集(その6)

             選歌集・その6


002:幸(110〜134)
(ちょろ玉) 「幸せになろう」はお別れの言葉 雪降る駅で「おう」と答えた
(船坂圭之介) 先駆けてゆく雲のした黄昏を恋ふ身しみじみ老ゆる幸せ
(伊倉ほたる) 正確に折りたたまれた幸せを挟んだ場所が思い出せない
008:下手(54〜79)
(きたぱらあさみ) みずたまり越えるのが下手だったころにじむ夕陽を踏んで帰った
(紗都子)口下手を言い訳にして杏露酒を飲めばしずかに染まりゆく頬
(香村かな)下手っぴと茶化されながら縫いつけたボタンは今も光ってますか
(原田 町)言うなれば下手の横好きわが歌は達磨腰折れ月並み無文
013:故(26〜52)
(はこべ)きみ故にこの町がまた懐かしく去りがたきとき刻むゆうぐれ
(保武池警部補) 恋なのか 何故?早よ死のか。疼く日々苦痛彼女は背中の無い子
(梅田啓子) 幼なじみひとりがわれを待つ故郷おもき門扉をあけて入りゆく
(星川郁乃) 何故、何故とつらなる問いを飲み込んで雪平鍋にミルクを注ぐ
(横雲)汝(な)が心移るばかりの故由(ゆゑよし)を幽かに見せて俯きて居る
014:残(26〜52)
(いちこ)昨日今日明日の間に残されし思ひを拾ふ術見当たらず
野州) 餌少し残してねこのゆきけるを呼び止めたれど振り向きもせず
(藤田美香) 残ってる記憶のなかで忘れてもいいひとだけがこっちを見てる
(梅田啓子)「残り一キロ!」荒き息にて言いくるる声をたよりに足を踏みだす
015:とりあえず(26〜52)
(たえなかすず) 四階の踊り場からは海の風とりあえず消す別れの貌(かお)を
(螢子)「元気か」と聞かれたならばとりあえず「元気じゃない」と答える五月
(はこべ) とりあえず手袋はめてコート着る 選びかねたる散歩のコース
(横雲) 嫌(きら)いとも言へず竦(すく)みてとりあへず抱(いだ)かれてみし春の朧夜
(ちょろ玉)「とりあえずビール」のような気軽さで君を抱けないことのかなしみ
024:謝(1〜26)
(紫苑) ペルソナのおほえるは誰そ素顔なといづくにか捨てなむ謝肉祭
(みずき)謝肉祭、誕生日なる姉逝きて尚とほくなる南欧の空
(オリーブ) 露結ぶ窓に額を押し付けて 謝れなかった昨日を思う
025:ミステリー(1〜26)
(紫苑)黒蝶(こくてふ)の夢より生ふるミステリー胸のナイフをわたしは抜かぬ
(みずき) 真夜のかほ映す鏡のミステリー死よりも蒼く壁に浮かべり
(南野耕平) ミステリー好きのあなたに見つめられ僕は全てを自白しそうだ
(飯田彩乃)爪すべて切り揃えた日は超長編ミステリーたるきみを繙く
(オリーブ)ミステリー小説棚で待ち合わせ 雨の香残る土曜の書店
(横雲) 吾が胸に埋むるままのミステリー絡まる糸の解くに術(すべ)無く
026:震(1〜25)
(まるちゃん2323)震えてる命の鼓動確かめて情欲だけの我はけだもの
(猫丘ひこ乃)煮凝りの震えの中にひとつだけ琥珀色した秘密閉じ込む
027:水(1〜25)
(夏実麦太朗) 水割りのグラスの汗を拭きながらやっぱりひとりがいいって思う
(成瀬悠太)砂浜に書いた手紙はひとりごと 水平線に揺れる船影
(猫丘ひこ乃) 吾の胸に水琴窟を見つければ君の調べが響く暗がり
028:説(1〜25)
(まるちゃん2323) うっすらと僕の心に「雪が降る」口説き文句はサントワマミー」
(みずき) 解説は滅びの美学キャスターの睫毛を濡らし小糠雨ふる
(螢子) 君の説く正論胸に突き刺さりバカな女を演じています