題詠100首選歌集(その8)

                 選歌集・その8



004:まさか(107〜131)
(久哲)中長期予報によれば人により「まさかあいつが」山沿いで降る
(砺波湊)まさか寝過ごしたんじゃないかと焦るほどなんだよ今朝の空の青さは
007:耕(79〜104)
(氷吹郎女)ひっそりと花々ひらく休耕田せめて気ままに散れよ花びら
(黒崎聡美)郊外の耕すことをやめた家きいろい花が春を知らせる
(水風抱月)耕作の徒となりゆかん我もまた名も無き原に言の葉埋(うず)め
008:下手(80〜104)
(芳立)三峰(みつみね)の雪解(ゆきげ)おちあひ沢すぢの下手はるかに海へ発ちゆく
(本間紫織) 穏やかな朝陽を浴びて下手くそな昨日の嘘も許してしまう
(黒崎聡美)いつまでもアイロン掛けは下手なまま蒸気のなかにやさしい日暮れ
(夏樹かのこ) 口下手な愛はことばに出来なくて掌越しに鼓動を透かす
(水風抱月) 上手より来たりし役者(ひと)が下手へと掃けてゆく間の人生ひとつ
(鈴麗)人見知り口下手だったあの頃は雨もお花も虫もおしゃべり
011:ゲーム(52〜77)
(船坂圭之介)賑はしく画面は動き眼に辛しゲームなど成す歳にあらずも
(富田林薫) 終わらない椅子取りゲームの会場にあしたのような籐椅子を置く
012:堅(51〜76)
(横雲) 乙女らの清らの姿並びたり春の陽受くる堅香子(かたかご)の花
(牛 隆佑) いつもより堅い気がするデスクチェア今から僕は少しだけ寝る
(香村かな)君と会うはじめましての緊張と堅苦しさがにじむ小春日
(稲生あきら)「堅」の字の板チョコっぽいところだけちょっとかじってみることにする
(原田 町)堅実な投資すすめる電話あり春日うらうら眠たい昼に
017:失(26〜50)
(螢子) 失った恋想い出にならぬままひとり歩きする三年の時
野州)背はまるめ失業保険の入る日は深煎り珈琲豆を買いくる
(保武池警部補) 一人宿 亡き其方の絵失せ物も背上の棚ぞ気など遣り問ひ
(梅田啓子)流れのなかに見失いたるものたちが春の夜には顔とり戻す
(氷吹郎女)色褪せてしまった恋に失恋と名前をつけて飛ばす風船
(akari) 失ったピース見つける術はなく空洞を風ふき抜けてゆく
(ほきいぬ)どれくらい失望させてきただろうケルンに一つまた石を積む
018:準備(26〜51)
(螢子) 準備などなきまま心折れし日の空の青さと雲の白さと
野州) 恋猫のようよう戻り来る朝は長葱植うる準備を始む
(梅田啓子) 死ぬまでの準備期間を人は生く三年ものの梅酒のまろし
033:奇跡(1〜25)
(こはぎ)僕が好きな君がまた僕を好きでいるただそれだけの静かな奇跡
(南野耕平)その奇跡 ちゃんと活かしていますかと遠いところで呼ぶ声がする
(オリーブ)奇跡だと告げてしまえばやすやすと信じる気もする夕闇の逢瀬
野州) 朝な朝な目覚めることもありふれた奇跡と数え猫に餌やる
034:掃(1〜25)
(まるちゃん2323)染み付いた記憶の襞の片隅を掃いて捨てたい木の葉のように
(草間環)  卓上のパン屑を掃き集めては庭の雀にくれてやる朝
(飯田彩乃) 掃いて捨てた自尊心から伸びてきた蔓にまたもや絡め取られる
(南野耕平)真夜中に静かに語りだす月の光が街を掃き去ってゆく
(オリーブ) 思い出を掃除しきれず本棚の影さくさくと青林檎食む
野州)遺産分けを争いしより掃苔のひさしくなりて彼岸花赤し
035:罪(1〜25)
(南野耕平) 後の世の人は僕らをためらわず罪人などと呼ぶのでしょうか
(オリーブ)朝靄にけぶる湖漕ぎ出せば罪かさねゆく僕らの小舟
野州)口紅の春めく朝は罪深きことも思いて駅へと急ぐ