題詠100首選歌集(その9)

            選歌集・その9


002:幸(135〜159)
(不動哲平)薄幸の女がよいと赤貝の缶詰つまみつつ夜はふける
(水野) 甘くない炭酸水を飲みながら少し不幸な顔をしてみた
003:細(122〜149)
(水風抱月)夕暮れて泥むあたりに幼子の迷犬(まよいぬ)捜し呼ぶ声細く
(伊倉ほたる)細すぎる絹さやのすじ切れかかりためされている指の先まで
(晴流奏)電灯の色に染まりつ音もなく春は近しと降る細雪
(千葉けい) 遠くいる君への手紙に添える名の細さにのせて切なさ送る
009:寒(83〜108)
(水風抱月) 遇うたびに惑いつとけて春近し つれなきひとの三寒四温
(只野ハル)夜具の中寒いとひとり呟いて痩せた躰を確かめてみる
010:駆(80〜104)
(夏樹かのこ)すり減った靴底の分駆けてきた今年もきっとはなびらを踏む
(五十嵐きよみ)身をかがめ駆け出す前の静寂を背負う横一線の走者ら
019:層(26〜55)
(螢子) 嘘ひとつ隠すためまた嘘をつく君の言葉は層と成りゆく
(横雲)大塔の裳層(もこし)を濡らす春の雨髪しなやかに愁ひ深めり
(おちゃこ)幾重にも重ねた君の人生のどこかの層に私の化石
(梅田啓子)わがこころの断層写真に映りいる埋まることなき若き日の孔(あな)
020:幻(26〜52)
(津野)鬼となり百まで数えて振り向けばきみもあの子も消えて幻
(はこべ) 幻想のごとき朝霧くさせんり牧場のみちは永久にとつづく
(船坂圭之介) 購(あがな)ひし無糖のサイダーなにがなしわが青春の幻に似て
(保武池警部補) 続けざま咲く優曇華の花奇しく那覇の幻灯草間避けつつ
036:暑(1〜31)
(紫苑) 暑気払ひとて取り分くる梅ひとつ肌の青の玻璃皿に映ゆ
(飯田彩乃) ゆっくりと記憶は溶けて暑かったことしか思いだせない日がくる
(螢子)暑き夜は部屋開け放ち縁側で蚊遣りを友にふたり寝転ぶ
野州阪神はまた負けている六畳の木造アパートに熱暑の名残り
(成瀬悠太)友人が3人結婚した夏です 残暑お見舞い申し上げます
(猫丘ひこ乃)暑き日の流しそうめん憧れのまま流されて鍋焼きうどん
037:ポーズ(1〜32)
(紫苑)ポーズより解き放たるる踊り子の鎖骨に蒼きかげ宿りけり
(まるちゃん2323) 色褪せた写真のなかでポーズとる眩しい海に君だけ赤い
(こはぎ)降る雪に真紅の炎隠しつつ真白なポーズで君を待つ駅
038:抱(1〜32)
(みずき)抱擁は明日なき夢に青褪めし手のひらだけの遠き思ひ出
(オリーブ) 白百合を抱いて渉る春の野は 哀しみだけが裸足にからむ
(猫丘ひこ乃) 「抱雲」という墨で書く龍の字の飛白に吾のひと息宿る
039:庭(1〜27)
(夏実麦太朗) 草花の名前を知らない僕の目にとなりの家の庭の紅い実
(紫苑) 蝋梅のごとき仙人掌ほころびて我が狭庭にも春おとづれぬ
(南野耕平)庭先に見たことのない花が咲き見たことのない季節に出会う
(アンタレス)冬枯れし庭を眺めて皆問ひぬ孫の挿したる造花のガーベラ
(オリーブ) さよならを聞く準備はもうできていて木蓮の庭澄ますあしおと
(船坂圭之介) 空しさが庭を覆ひぬやがて来る春の虚ろな夜を恐れつつ
(千束)荒れ果てた温室抱く庭だから神さまなんているはずもない