題詠100首選歌集(その11)

           選歌集・その11


006:困(105〜129)
(青野ことり)眉を寄せ息で応える困惑を隠さぬままに 終日くもり
(竜胆)洋盃の中にてこほり鳴る音といささか似たる君の困惑
(藍鼠)困惑をかくしきれないまなざしがかわいくてまた、隠れ鬼する
007:耕(105〜129)
(青野ことり)さきがけの春が耕す青空の段々畑に鷺はまぎれる
(藍鼠) 帰耕せし母逢いたさに送られてきし大根を煮て噛み締める
(穂ノ木芽央) 春風と毒の匂ひを連れてくる金田一耕助の下駄の音軽し
008:下手(105〜129)
(竜胆)下手くそなだし巻き卵焼きながら 昨夜のあえぎ想ふ朝影
(青野ことり) ただまつげ伏せて遠くに旅をする いいわけ下手な梢の小鳥
(梳田碧) 下手人にあたり損ねた投げ銭が江戸の市中をころころとゆく
(犬飼信吾)口下手なきみがつくったピロシキが饒舌に告げる春の訪れ
(史之春風)下手は下手なりのやさしさ きぬさやのすじを取るよなファスナーの音
013:故(53〜77)
(氷吹郎女)偽物の匂いがどこか懐かしいここは故郷にはなれぬ街
(千束)だれひとり見知らぬ顔の故郷にてあなたの背中に許されている
(髭彦)権力を貪る故の悪相をさらしあがきぬムバラクの徒ら
(コバライチ*キコ) 人混みのなかにいるほど寂しいと故郷信濃へ友は帰れり
(さくらこ)都会にて君とびうをのごとくあり吾は故郷のなまずとなりぬ
(酒井景二朗) 持越の眼底痛を憂ひつつ反故となりたる契りを思ふ
043:寿(1〜25)
(横雲)福寿草咲きて嫁ぎし冬の日を想ひ出でたり去りし日遠く
044:護(1〜25)
(tafots)光ふる四月の護送船団の子供らが行く横断歩道
(紫苑)護りえぬいのちありけり残されし夫(つま)の挽歌は詠まれぬままに
(みずき)護りえず水になりたる命あり小さき地蔵に春の雨降る
(南野耕平) しゃべらないことが護身の術ということを教えるような冬の樹
(螢子) 君の眼の中に保護者が宿るときそれでも私女でいたい
(草間環)子どもたち宿せず赤いポリープを護る子宮が温かい夜
045:幼稚(1〜25)
(tafots) 住職が園長でした。寺はみな幼稚園だと思ってました。
(紫苑)都合よきをんなたらむと思ひしもときに幼稚な駆け引きをせむ
046:奏(1〜26)
(紫苑) ゆくりなく縺れては解く不協和音すへに美(くは)しき二重奏(デュオ)をかなでむ
(浅草大将)ぬばたまの夜の静寂(しじま)に奏づるを誰か聞くべき星の響交ひ(ひびかひ)
(みずき)CDの奏づる「愛の喜び」に少年は酔ひ少女は眠る
(吾妻誠一)白鍵があちこち抜けた僕なのに奏でてくれる君の指先
(南野耕平)あなたにはあなたの奏でる音があるなんて言葉に騙されてみる
(飯田彩乃)まなざしに照らさるるときわたくしの通奏低音おもく響けり
047:態(1〜26)
(夏実麦太朗) 服従の態度をみせる白犬のお腹の皮のうすべにあわれ
(紫苑) 奔放の姿態とみゆる刹那にも真沙子のひとみ澄みてあらなむ
(みずき) 密やかに花の媚態のなかにゐて櫻暈かしの白き頬なる
(横雲)髪おろし眼(まなこ)を閉じて態(わざ)とめく甘ゆる仕草なすほどに憂し
(オリーブ)あいまいな態度溶けてくカフェオレのクリームのような恋だと思う
(船坂圭之介) 「態々のお越し嬉しく云々」と便りは伝ふ大げさな謝意
048:束(1〜25)
(nobu)守られぬ約束せぬときみが言ふやさしい嘘はつかぬ主義だと
(tafots)最後まで渡せなかった花束を大事に抱えてゆく帰り道
(まるちゃん2323)後ろ手に花束隠し君を待つ一人芝居の台詞探して
(横雲)束ね髪放てば燃ゆる秋の色身は菊の香に抱(いだ)かれてをり
(こはぎ)さらり落つ髪束耳に掛け直し君の視線を遊ぶ図書室
(吾妻誠一)束の間の郷の花火の閃光に浮かんで消えた若き日のこと