題詠100首選歌集(その17)

 大震災以来、重苦しい虚脱感とともに、これまでの自分の存在が虚構の上に成り立っていたような、奇妙に現実感の乏しい日が続く。その感覚を歌にするには、自分自身の力量不足を感じるほかない。


            選歌集・その17


005:姿(138〜162) 
(新井蜜) 姿見をのぞけば青き夕暮れをセーラー服が沈みゆきたり
(神楽坂朱夏) アルバムをひらく三月 もうきみの後ろ姿も思い出せない
(逢)あなたにはもう会えないとわかっててうしろ姿に手を振っている
035:罪(26〜50)
(保武池警部補)億筋の蜜も似ている甘い恋まあるい手にも罪の雫を
(梅田啓子)シトラスの香りのなかを大き手が頭皮撫でゆく 罪のごとしも
061:有無(1〜25)
(tafots)レストラン予約の有無が愛情の大きさになる程度のふたり
(みずき) 有無といふ小寒きことば曖昧を許さぬ春が俄かに暮れぬ
(飯田彩乃)愛・正義・運命・レーゾンデートルの有無問い質す少年われは
(船坂圭之介)有無をすら言はさぬ友の眸の光り生きゆくことの辛き葛藤
062:墓(1〜25)
(tafots) 当然のように此岸を生きてきてお墓参りをしたことがない
(紫苑)月の面(も)の蒼きくぼみは眠られず夜を咲ききりし花の墓碑銘(エピタフ)
(みずき)潤(ほと)びれし木の葉に消ゆる墓碑銘が春の麗らにほうと浮かびぬ
(南野耕平)小さめの墓標くらいは建ててやれ 連れて行けない哀しみひとつ
(オリーブ) 君の無き春はゆるりと過ぎ行きて花殻の積む墓標となれり
(遠野アリス) いつまでも忘れられない記憶など 共同墓地に埋めてしまおう
063:丈(1〜25)
(みずき)野仏の視界さへぎる丈の竹ざははと鳴りて笹の雨降る
(こはぎ)膝上の慣れない丈を気にしつつ君を笑顔にしたいスカート
野州ゆきやなぎ咲きいし頃に帰りきて身の丈ほどの妻を娶りぬ
(オリーブ) 青空を抱きて寝ころび「ひとりでも大丈夫」だと嘘つぶやけり
(たえなかすず)渚までカーヴの道を歩いたね半端な丈のジーンズ履いて
065:羽(1〜25)
(tafots) さっきまであなたが立っていた床の羽根のかたちの温もりのあと
(みずき) 円形に黒き羽舞ふ落日をダリと思ひゐし私の真冬
(こはぎ) 鳥籠の中 目を閉じた日常で心は君に羽ばたいている
(飯田彩乃)おとうとは寝息ぷくぷく立てながら光に羽を遊ばせている
(オリーブ)この恋はつぼみの中で眠る蝶 羽化の記憶も未だ夢の果て
067:励(1〜25)
(tafots)ひとごとのように励ます君の目の上を綺麗な雲が流れる
(みずき)励ましの手紙へ潤む目に耳に舞ひては溶ける三月の雪
(オリーブ)氷水飲みながら読む絵はがきの見当違いの励ましコトバ
069:箸(1〜25)
(夏実麦太朗) 売れ残る箸の螺鈿のきらびやか刹那の恋の行方は知れず
(紫苑)塗り箸に白蝶貝の桜ばなひそと散らうて春をしつらふ
(tafots) 妹の彼氏の使う箸だった過去には触れず使い出す夜
(横雲) 購いし京の土産の夫婦箸誰と使はむ当てもなき宵
(みずき)箸置きのスワンが泳ぐ陽光を春と思ひつつふふむチャウダー
(アンタレス) 夫々の好みし箸の立ちをりて娘等嫁しき後今も四人分
(おちゃこ) 10年前揃いで買った箸はもう塗り剥げつつも捨てられもせず
(三沢左右) 箸先をくはふる丸き唇はふはりとかろき花の咲くごと
070:介(1〜25)
(紫苑) 狷介と言はれしもふとあたたかき目を向けくれるひと時のあり
(横雲)世之介の夢の続きの女護が島何処と知れず虹に包まる
(みずき)厄介な揉め事つづく晩春へ背(そびら)を還す二人のペーゼ
(三沢左右) 離れゆく気持のすきま無機質に介在してる着信ランプ
071:謡(1〜25)
(浅草大将) 流れくる謡の声にかがり火も舞の面に揺らぎ映えつつ
(紫苑) 地謡のこゑ潮鳴りのごとくにて怪士(あやかし)の眼の波間にひかる
(横雲) 春雨に枕くづせる女居て遠きむかしを艶めく謡ふ