題詠100首選歌集(その27)

                 選歌集・その27

001:初(229〜254)
(生田亜々子)夜という自由に深い息吐いて原初の空に今帰ろうか
(羽根弥生) むくりむくり魚眼のごとく膨らみし春の中にて初潮を知りぬ
(橘ちひろ) 雑貨屋の薔薇はやっぱり淡い色棘水含み初芽空を指す
(芹澤すばる)人生の初期設定をまちがえていつも何かを訂正している
002:幸(210〜234)
(おおみはじめ)幸薄(さちうす)と言いつつ笑う女らを白く塗られた墓に見立てる
(松島)薄幸な春に注ぐもさわやかにグラスに満ちていくロゼワイン
(生田亜々子)朝靄のけぶる校庭見渡してそっと開いたあの多幸感
(新藤ゆゆ)おたまじゃくしをすくうみたいに幸せな指のかたちに折りまげてみる
003:細(210〜234)
今泉洋子)感情に細波たちて成就院襖の鰯せまる気配す
(廣田)仄暗いガラス細工の幻灯が照らす夜へと眠りに墜ちる
(樹)埋もれた封筒のその筆跡の細いところに陽炎のたつ
(史緒)崩れゆくガラス細工のあやうさに麻薬のような恋をしていた
(ワンコ山田)胸は凪ぎ細かな波の予感さえ無かった今朝のメイルボックス
009:寒(160〜184)
(理阿弥) 寒寒しき部屋より出でて寒寒しき部屋を借りたりベゴニア置かむ
(ぱぴこ)寒い寒い季節に生まれ君の手が風にほどける初めての春
010:駆(155〜179)
(北爪沙苗)沈黙のをとこはかなしも子としてのわれもかなしく駆け抜けるのみ
(揚巻) 湿り気の残るうなじに鬣(たてがみ)をかんじて夏の子らは駆けゆく
013:故(128〜152)
陸王)喧嘩する度に仲良くなるように事故現場にはしんしんと雪
(新野みどり) 透き通る朝の空気を抱きしめる故意とか悪意は忘れ旅立つ
(佐田やよい) 廃線の記念切符に今もまだ故郷の名はうっすら残る
摩耶山)五月雨の朝にもつれる足を止め案山子となりて「何故」を飲み込む
014:残(129〜153)
(紗都子)残すこと残されることの寂しさに日付を越えてきみと歩いた
(じゃこ) もう何も思い残したことはないさよなら三月待たせた四月
(七十路ばばの独り言)我生きし証なるもの残したく雑文雑歌を書きためる日々
(佐田やよい)オルゴールの蓋を開ければ一つだけ残されていたラ音こぼれる
(天国ななお) 立てこもる敗残兵の手のひらの最後の弾はあやしくひかる
015:とりあえず(129〜153)
(伊倉ほたる)なりゆきにまかせてもいいとりあえずふたつだけ買う硬いアボカド
(紗都子) とりあえず切符を買えばふるふると耳をくすぐる業務連絡
(廣田)釈明を続けるあなたにとりあえず「どいてくれる?」と言い放つ朝
(ちしゃ)あたたかくなったし木蓮咲いてるし とりあえずスニーカー洗おう
(花夢) とりあえず眠ろうとしてちゃぷちゃぷとあなたのからだから海のおと
029:公式(76〜100)
(ほきいぬ)非公式に認められてる僕たちが確かに記す山小屋ノート
(雑食) 引き延ばすために唱える公式を思い出してる間に果てる
(ひじり純子)非公式サイトに私をさらけ出し君だけに伝えんパスワード
030:遅(77〜101)
(酒井景二朗) 「遲れないのはお花見の時だけか」友は櫻を背にして笑ふ
(瀬波麻人)この町も知らないルールで回ってて時計がいつも二分遅れる
(廣田) あの日から違う世界を刻んでる五分遅れのあなたの時計
(ほきいぬ) お洒落したかわいい君ははにかんでだいたいいつも遅刻してくる
(南雲流水) 遅すぎた返信メールが噛み合わぬ夜にはぽつぽつ椿が落ちる