題詠100首選歌集(その28)

          選歌集・その28


016:絹(126〜150)
(佐田やよい)ざわついた一日(ひとひ)を終えて絹ごしの豆腐の中に匙をうずめる
(揚巻)馴れ合いを冷たく拒む紅絹裏(もみうら)の奥にあなたの熱帯がある
(花夢) 薄絹が裂けてしまったようなあの初体験のことも忘れて
(天国ななお)アイロンの温度を絹に設定し待ってると鳴る三時の時報
(中村成志)雉子鳩の一羽矜恃を聲に秘め朝絹の靄裂きて飛翔す
021:洗(101〜125)
(鳥羽省三) 「洗ひ張りいたし舛」との看板の軒に旧りたり飛騨の高山
陸王) 洗濯と充電を終え明日からともだちふやしに福島へ行く
(富田林薫)Tシャツを洗い終えたら灯台の風のたもとで夏を待ちます
(廣田)倦怠を洗面台へと流し込む光満ちゆく退廃の朝
(村木美月) 幾つかの疑惑を抱いて立つキッチン言い訳まみれの食器を洗う
(佐田やよい)汲んだものみな吸い込んでゆくような洗面器を買う夏のはじまり
(ちしゃ)洗いたてみたいな空気吸いながらシャッター切って行くけもの道
036:暑(58〜83)
(ちょろ玉)暑すぎる夏のグラウンド かげろうの向こうに君が見えた気がした
(夏樹かのこ)脱ぎ捨てた暑い真夏の抜け殻を引っ張り出せばもう初夏がくる
(おおみはじめ) 子をなして家持つことの幸せの暑中見舞いを眺めておりぬ
(不動哲平)裸木にもたれ互いの瓶空ける避暑地と呼ばれたる地でふたり
037:ポーズ(58〜82)
(夏樹かのこ)よそ行きのポーズの向こうの日常が好きだったよとアルバムを繰る
(やまみん)カメラ持つ あなたの笑顔が嬉しくて 私はおどけたポーズを続ける
051:漕(26〜50)
(葵の助) 窓際の日差しとろとろ甘やかでつい舟を漕ぐ5限は古文
(梅田啓子) ぐったりと背にもたれくる子の熱く急ぎ自転車漕ぎおり 夢に
(かきくえば)沖で待つ君に会えないもやもやをぶつけるようにブランコを漕ぐ
052:芯(26〜50)
(行方祐美)空芯菜の刻まるる音聞きながら母にメールを打つてみようか
(梅田啓子)衿芯のぴんと張りたる人なりき こぼれ種より朝顔いづる
053:なう(26〜51)
(津野)無防備なうなじ憎みて爪たてる春の憂いにショールは血いろ
(廣田)憂鬱なうしろめたさをもみ消して汚れた手のひら水辺で洗う
054:丼(26〜50)
(保武池警部補)消えた罪その後通り魔「カツ丼」と捕まり男望み伝えき
(三沢左右) 丼を包まんとして幼な子の小さき指は凧のごと張る
(行方祐美)桜まだ眠り続ける風の夜はしづかに匂ふ開化丼食ふ
(廣田)丼を運ぶ女給の白い手を今も忘れぬ敗戦の町
055:虚(26〜50)
(香村かな)さよならを告げたあの日の虚しさとおなじ分だけ欠けた三日月
(行方祐美)虚木綿のちひさく籠もる鬱金香わすれたしこと幾つも持ちつ
(牧童)虚無僧の如く心を天蓋に隠し君待つ譲り葉の風
(梅田啓子) 神のいる虚空、神なき虚空あり空はいちめん祈りに充ちて
060:直(26〜50)
(香村かな)素直だとほめられながら頷けば君に包まれこどもにかえる
(草間環) ダンサーの真っ直ぐな背に見惚れていた少女の頃の夢のあとさき
(猫丘ひこ乃) 直火炊きした新米の湯気満ちるときに聞きたい君の「ただいま」
(廣田) 垂直に伸びるあなたのくろい影包む夜さえやさしくみえて