題詠100首選歌集(その29)

              選歌集・その29

006:困(180〜204)
(野坂らいち) 夕焼けが照らせしきみの目のなかに困惑という名の灯がともる
007:耕(180〜204)
(斎藤漁火)地平線から教室のここまでを耕す人のほかは空だけ
(松島)耕した土の匂いに少しだけ早く目覚めて初夏(はつなつ)そよぐ
(史緒)やはらかな心を持てと願いてし「耕」の一字を子の名にたくす
(浅見塔子) 父親が耕してゆく真っすぐな道を通らず君に埋もれる
023:蜂(102〜129)
(藍鼠) 台所の酒瓶の中 眠りたる針なき蜂のむなしき眸
(史緒)秘めごとは蜂蜜漬けの瓶のなか呪文をかけて閉じ込めておく
038:抱(59〜84)
(青野ことり) ごめんねと何度も言ってしまいそうほどけないほど膝を抱いてる
(うたのはこ)テディベア抱えて眠ればまっさらの日が待っていたいとけない日々
(南雲流水) ブラウスの上からそっと抱きしめるやうに優しい雨に濡れてる
039:庭(53〜77)
(おおみはじめ)白砂に赤も映えたる紅葉晴れ方丈の庭飽かずに眺む
(うたのはこ)夏を呼ぶ小鳥が声を響かせる修道院の静かな庭で
(ほきいぬ)帰らなきゃいけない時間の校庭に茜色したリグレットふたつ
040:伝(53〜80)
(原田 町) のっぺらぼうの伝説ありしこの街にのっぺらぼうなビル立ち並ぶ
(コバライチ*キコ) 昨日から今日へと渡る何気なき伝言ゲームのやうな毎日
(おおみはじめ) 微笑みの裏に伝わる噂など思いえがいて恐れてもいる
(不動哲平)伝説という名の過去にうずもれて眠る男を駅まで送る
(夏樹かのこ)耳でなく舌に伝わる手作りのクッキーの味は残照の中
041:さっぱり(51〜76)
(コバライチ*キコ) さっぱりと髪を切るなら早朝の光の中で風渡る日に
(青野ことり)さっぱりと捨ててしまえぬことごとを少し重ねて並べる夕べ
(芳立) 灼くる日のオブジェの街にうつせみの世をさつぱりと脱げばああ夏 
(うたのはこ)この恋のラストシーンによく似合うさっぱり止まない五月雨の音
042:至(51〜76)
(原田 町)いつもなら至福の桜たのしむに今年ばかりは墨染めに見る
(青野ことり)来月の暦に夏至の文字がありまだみなかったことにしておく
(廣田) 夏至祭迎えた街へのパレードが遠い故郷のうたを奏でる
(夏樹かのこ)青色の箱の煙草に火をつけて至らぬことを責めずに抱いた
056:摘(26〜50)
(保武池警部補) 遠しあの夕白籠に摘む実食み陸奥に木枯らし冬の足音
(豆田 麦)紫に染まる指先見せ合ったあの日が遠い 露草を摘む
(おおみはじめ) ことごとく話の腰を折りながら摘み取っている対話の機会
057:ライバル(26〜50)
(三沢左右)ファミレスの隣に座る学生と五分間だけライバルとなる
(津野) 影として身の内にあるライバルはわたしと同じ貌(かたち)で潜む
(原田 町) ライバルと言えば笑われそうですねあなたの歌の世界は遥か