題詠100首選歌集(その32)

          選歌集・その32


013:故(153〜177)
(久哲)新緑をまぶたにふくむ君といて等身大の我故の空
(ぱぴこ) 故郷の話をしよう春風を古い決意にはらませながら
佐藤紀子)「故」の文字が母の名前につけられて短歌雑誌に遺歌が載りたり
014:残(154〜178)
(理阿弥) 逝きし人の残せる皿にかすていら乗せたりひとつ小部屋は昏れぬ
(ワンコ山田)「残響で生きてる」(それはいつの声)胸の内側揺らしつづける 
(由弥子) 残されし吾もいつかは花に埋もれ思い残し行く人となる
(ぱぴこ) 夕焼けの残りを探すような目で明かりを消した天井を見る
(希) さっきまでみていた夢の色をして夜明けのふちに消え残る月
佐藤紀子) 福のある〈残り者〉なり四十まで独身でゐる我が娘たち
(黒崎聡美) 羊羹を一口食べてやりすごす寒さの残る春の夜の底
015:とりあえず(154〜178)
(ワンコ山田)「とりあえず声は聞かない」自らの決めごとに胸煽られている
(希) 未来では遠すぎるからとりあえず明日に向かって歩き出します
(東雲の月)とりあえずこれでとその場を纏めあげ部下の顔色盗み見ている
佐藤紀子)とりあえず謝るだけの智恵がつき会社勤めが軌道に乗りぬ
026:震(101〜126)
(きり) 震災の朝にも笑顔あったはず戻る事なき時に涙する
(ひじり純子)震という字を前にして無力なる我が歌心 奥行きもなし
(史緒)満天星の小さき花は指先を拒みて白を風に震わす
(佐田やよい) 終電の無人車輌は震えつつ淡い光を運び続ける
(紗都子)震源を遠くはなれた土地にいて春のこころはなお揺れやまず
034:掃(77〜101)
(酒井景二朗)掃除など及びもつかず書の山を右へ左へ移す一日
(香澄知穂)憂鬱な気分を一掃するようにビタミンカラーの服選ぶ朝
(史緒)やり場なき思い抱えた女らはただ黙々と掃除するらし
035:罪(76〜100)
(雑食)膝上を二センチ上げたその足が夏の免罪符として過ぎる
ウクレレ)日常という名の手錠抜け出して罪な人とか言われてみたい
044:護(51〜75)
(かきくえば) はじめてのデートが終わり雨けぶる護国寺駅で途方に暮れる
(芳立) ひきそへて腕につがへる箸鷹に雪ふりやまず護田鳥尾(うすべを)の羽
063:丈(26〜51)
(香村かな)牛乳をあっというまに飲む君の日ごと短いジーパンの丈
(豆田 麦) 身の丈に合わぬ思いと言い聞かせ くつくつ煮たつ角煮の火消す
(猫丘ひこ乃)右上がり気味に書かれた手紙から思いの丈がときどき刺さる
(新田瑛) 「どうしたの」と聞いたところで「大丈夫」と答えるのだろう だから「おやすみ」
067:励(26〜50)
(葵の助) 励ましておだてても泣く子がやがて笑顔で手を振る幼稚園バス
(香村かな)一緒には居られぬ訳も聞き飽きてどこか冷たい君の励まし
(草間環)励ましの言葉飛び交う列島に背をむけている猫背のわたし
(おおみはじめ) 励ましの言葉がなべて自慢げに聞こえるという末期症状
(コバライチ*キコ) ころころと笑ふ幼の声聞きていつしか大人が励まされおり
068:コットン(27〜51) 
(行方祐美)オーガニックコットンの袖長すぎて幾つも畳むときの重たさ
(蜂田 聞) 古ぼけた鹿威(ししおど)し鳴るコットンと石打つ音も鼻濁音にて
(廣田) コットンを透かせる光の繭のなか羽化を拒んでまた目を閉じる