題詠100首選歌集(その36)

 今年も去年に劣らぬ猛暑が続く。その中で電力の供給不安が続くことにやりきれない思いだ。事故自体の影響ではなく人為的な面が大きく、供給不安を避けようという動きを封じ込めしまった菅総理の独走には、どこかバランス感覚が狂っていると思わざるを得ない。扇風機だけに頼って、酷暑の中での選歌集その36。


        選歌集・その36


018:準備(154〜178)
(黒崎聡美) 引越しの準備中だと聞かされて今夜の花は闇に重たい
(ぱぴこ) 母になる準備運動真夜中の抱っこおっぱいおむつ交換
(美亜)さよならを受け取る準備整えてあなたを待てばまだ虹が出る
(花夢) 生きてゆく準備のように右腕をあかるいほうに這わせてねむる
(藤野唯) 黒髪に戻したきみに見つめられ準備してきた言葉がきえる
022:でたらめ(130〜154)
(希) でたらめなルールで越えた一線を境界線とする夏の夜
(星桔梗)でたらめに押したつもりの指先が貴方の番号まだ憶えてた
佐藤紀子)身を守る拙(つたな)き術(すべ)か四歳児すぐに見抜けるでたらめを言ふ
(ぱぴこ)でたらめで本気の遊びボクがいて怪獣がいて事件がおきる
023:蜂(130〜154)
(本間紫織)蜂蜜の中につけ込む薬指 幸せだって証が欲しい
(冥亭)藤棚にむらさきの香の揺るるころ花蜂は花房に抱(いだ)かる
(七十路ばばの独り言)山里の疎開の日々を思い出す蜂の巣焙(あぶ)りて蜂子喰らいぬ
(花夢) 蜂蜜に溺れるような恋をしていたことだけが残る七月
031:電(101〜125)
(miki) 節電の暗い夜道は足早に 振り返り行く風のざわめき
(紗都子)留守電に声入れるとき一時のためらいの後ことばはきざす
(琥珀) おかえりと君の声する家にあり 電灯笠の光優しく
(星桔梗)電線に連なる鳥の淋しさをついばむように朝陽がのぼる
075:朱(26〜50)
(行方祐美)朱鷺の話も嫌ひぢやないが今日はもう帰りませうよ胸を広げつ
(津野)吾のすべてにあなたが朱筆を入れてゆく撫でるが如く犯すが如く
(ほたる) モノトーンの服ばかり着るあの人の胸元に少し見える朱のシャツ
(猫丘ひこ乃) 朝採りのトマトは昨日(きぞ)の夕焼けの朱を全身で語っておりぬ
076:ツリー(26〜50)
(津野) 身の程を知りて見上げる空もありツリーの頂き星は瞬く
(廣田)桟橋のパームツリーに手を振りて雨を迎える真夏の翳り
(梅田啓子) がっつりと立つ足はなく色はなくスカイツリーはただに聳える
077:狂(26〜50)
(豆田 麦) 水面で輝く月に触れたくて 多分わたしは狂いかけてる
(おおみはじめ) 関西の訛を隠し味として笑いとまらぬ茂山狂言
(コバライチ*キコ) 晩春の安富桜は黄昏に花びら返し狂おしく舞ふ
078:卵(26〜50)
(足知)不器用なあなたの剥いた茹卵生きているのはとても空しい
(廣田)卵黄がシンクに漂う夜のなか猫の部屋から電話が響く
(ほたる) ゆで卵つるりとむける幸運を今日の証と思う朝食
(コバライチ*キコ)卵白を角がたつまで泡立てる放射能汚染のニュース聞きつつ
079:雑(27〜51)
(廣田)雑踏になくす自我さえ踏みつけて捨てた19の夏が流れる
(遠野アリス)使用済み雑巾みたいにくたくたのわたしを誰か洗ってください
(コバライチ*キコ) きしきしと落ち葉踏む音片耳に聞きつつ雑木林を歩く
(新井蜜)夕立は雑木林をとよませて別れきにけりいさかひしまま
080:結婚(26〜50)
(梅田啓子) 三度目の結婚月を迎えたる娘におくる取れたてジャガ芋
(コバライチ*キコ) 結婚はゴールではなくスタートと相変わらずのスピーチを聞く