題詠100首選歌集(その52)

         選歌集・その52

002:幸(260〜284)
(とん)一日が今日も幸せであるように願いをこめて葱刻む朝
(勺 禰子 しゃく・ねこ) さまざまな由来を思ふに足りるほど北海道に「幸町」多し
(睡蓮。) 一人ならグラス一杯二人ならボトル一本つづく幸せ
003:細(252〜278)
(桑原憂太郎)細々とした仕事片づけ午後九時の職員室に鳴る電話音
(勺 禰子 しゃく・ねこ)細くない縁(えにし)と思ふ山麓のゆふやけが闇に変はりゆくとき
(モヨ子) 寒いねと細い指先赤ませて甘酒すする暁の海
(みくにえり)もうずっと来ない電車を待っている君の小指はとっても細い
019:層(183〜207)
(伏木田遊戯)層雲が薄紅色に明けてゆく来世は鳥になれるだろうか
(みち。) ひとつずつ地層を剥いでいくように傷口探しあって終わる日
030:遅(152〜177)
(祢莉)どのくらい好かれてるのか知りたくてわざと遅れる二度目のデート
(伏木田遊戯)悔恨は乗り遅れたバス うつむいて黙るあなたの背中の遠さ
佐藤紀子)門限に少し遅れて帰りたる娘は常より少しおしやべり
今泉洋子)遅刻する夢のなかにはXとYがきらきらとに空に散らばる
(黒崎聡美)梅雨あけは遅れるようだと父は言い小さくなった背中をむける
038:抱(135〜159)
佐藤紀子) 新しき首相の抱負聴きながら誰にも厳しき時と思へり
(北爪沙苗)こめかみに頭痛の下るその刹那芭蕉を抱きし女を思ふ
(希)ジーンズの両膝抱え旅立ちを決めかねている朝焼けの胸
今泉洋子) 撫子は備前の水を吸ひ上げて野にあるごとき彩を抱けり
(浅見塔子) 道に浮く金木犀の香り抱きやさしい人に会いにゆきたい
040:伝(131〜155)
佐藤紀子) 駅前に必ずありし伝言版ケータイ電話に駆逐されたり
(新藤ゆゆ) なにひとつ伝えきれない正しさと添い寝をすれば朝はやさしい
041:さっぱり(129〜153)
佐藤紀子)「いやなことはさっぱり忘れて寝てしまへ」いつしか座右の銘としてをり
(村木美月) 洗顔をさっぱり終えて問いかける今日のアタシは頑張れますか
(萱野芙蓉)今日の空をながく覚えて置くだらうさつぱり洗ひあげられた青
(希) 半月も東の空で色あせてさっぱり来ないバスを待ってる
(平野十南)冷やし中華のさっぱり来ない夢だった文月ひかりの部屋に覚めれば
042:至(126〜150)
(伊倉ほたる) 共犯に至る理由を聞きながら正解のない答をさがす
(祢莉)ソーダ水はじける夏至の夜の宴秘密だよってこっそり笑う
(葉月きらら)この恋が最終章に至ること知っていたから挟んだしおり
065:羽(76〜100)
(紗都子) 羽のない君のとなりに羽のない僕が寄りそう無機質な夜
(ワンコ山田)カーディガン羽織る夜更けは静けさの隅に小声を押し込めて待つ 
067:励(76〜100)
(ちょろ玉)右肩をポンと叩けばそれだけで君を励ます音が生まれる
(五十嵐きよみ)質問が通じたことに励まされカタカナ英語をさらに繰り出す
佐藤紀子) 励ましになるか煩いだけかなど悩みつつ書く被災の見舞ひ
(ワンコ山田)ふわふわとして何気ない励ましが捕まえられないかたちで届く
(螢子)励ましたつもりでいたの励まされたことに気がつく別れのあとに