題詠100首選歌集(その54)

選歌集・その54


033:奇跡(152〜176)
(星川郁乃) 平凡で幸せでしたという奇跡 今日のごはんはハンバーグです。
(くろかわさらさ)どんぐりのはだはほんのりつめたくて奇跡ばかりをねがうあけがた
陸王) 出逢うことだけで奇跡の妙薬を使い果たしたからっぽの部屋
(希) 澄んだ目の秋刀魚を二匹選びとり三百円の奇跡購(あがな)う
(理阿弥)立て看の<奇跡は成され…>その先を読ませず今日もバスは曲がりぬ
054:丼(103〜128)
(希) 無言にてカツ丼食べるあなたには『私が好き?』と聞いたりしない
(雑食) 牛丼を並んで食べる距離はもう縮まりもせず広がりもせず
(新藤ゆゆ)天丼のエビのしっぽをかじる時なぜか本音を知られてしまう
055:虚(102〜126)
(さくら♪) 一日で廃墟のようになった町嘘とつぶやき虚脱する朝
(音波)オフィスへ向かうエレベーターに乗る深い空虚が足元にある
(伊倉ほたる)秒針は虚しい音を響かせて記憶の襞をざらざら舐める
(高良すな)雨音にすこし気怠く目覚めれば虚日と決めて漫画積みおく
056:摘(101〜125)
佐藤紀子)「そこんとこテンポが違う」と指摘してコンダクターが手拍子を打つ
(ネコノカナエ)後悔を燃やしてください 彼岸花摘めば手の中花火が燃える
(紗都子) 花首を切って摘みゆく花がらの秘めた思いが刺さる指さき
(村木美月) ストローを私の方へ傾けるその指先で摘みとられたい
(空音) 摘まれてもないのに落ちる柿の実の青く小さな無念を拾う
(北爪沙苗) 憂いつつ土踏みしめて立ちながら摘蕾をしてゆく秋の朝
(雑食)ベランダのバジルを摘んだ指先のままであなたにメールを送る
057:ライバル(101〜125)
(桑原憂太郎) 我のことをライバルと言へり同僚の殉職の報をメールにて知る
069:箸(76〜100)
(芳立)月かげのいたらぬ夜もまほろばの杜にねむるや箸墓の姫
(星桔梗)さよならを切り出しそうな雰囲気に箸を置けずに続ける食事
(五十嵐きよみ)幸せはささやかなほどいとおしい箸からこぼれてゆくうずら
(紗都子)ふぞろいにわれた割箸対称をなくしたものは自由に見える
071:謡(77〜101)
(鳥羽省三)地謡は能のコーラスグループで舞台右手に二列に並ぶ
(五十嵐きよみ) 童謡の詞に隠された残酷さ生(あ)れては消えてゆくシャボン玉
(うたのはこ)どこからか途切れ途切れの歌謡曲屋台のフォーにライムを搾る
072:汚(76〜100)
佐藤紀子) 「汚れなき」は嘘かも知れぬみどり児も親の気をひく嘘泣きをする
(龍翔)ひっそりと汚れたものを洗う度、私が女であることを知る
(五十嵐きよみ) 解決のつかない悩みは脇に置き雨に汚れた靴下を脱ぐ
094:裂(51〜75)
(原田 町)あちこちに罅や裂け目の見えかくれ四十年経し家もわれらも
(伏木田遊戯)木星は雲の縞目に沿うように刃先で裂け目を入れて剥きます
(夏樹かのこ) 舞い踊る手のしなやかに風を裂き君は魚(いお)狩る翡翠(かわせみ)になる
095:遠慮(51〜75)
(原田 町) 遠慮なく皇帝ダリア薙ぎ倒し迷走台風やっと去りたり