題詠100首選歌集(その55)

        選歌集・その55


014:残(204〜228)
今泉洋子) 夏草に昭和の匂ひ残りゐてまたやつて来る終戦記念日
(山階基)過ぎてゆく夏をまとめて見送っていま残照をひろいあつめる
(鮎美)ひと夏の残滓のごとき塩散らしトマトの赤を噛みしめてゐる
(ろくもじ)少しだけ残った君の麦茶から終わった夏のにおいがしてる
(なぎ) 残された手紙の封は開けないで人づてに聞くあなたの終わり
058:帆(102〜126)
(桑原憂太郎) ゆるゆると4月になつて帆を上げる中年教師の学級経営
(螢子)順風満帆なんてありえないいつもふたりはドタバタ喜劇
(音波)帆柱が一本の舟ひとつきりの白熱球で『山月記』読む
(萱野芙蓉) 帆船がよぎつたやうな、午睡より目覚めれば底抜けの秋空
(新藤ゆゆ)ビン詰めの帆船模型のよび方とセブンスターをおそわった夏
059:騒(101〜125)
(さくら♪) こんな日は思い出話尽きもせで騒がしいほど陽気な我が家
(烏野サギ子) 喧騒を遠くに君が眠る場所 石棺も土もきっと冷たい
(音波)満月の夜には胸が騒がしい私も少し海だったんだ
(じゃこ) 騒がしくしてすみません14歳思春期の洗濯機なもので
060:直(102〜126)
(うたのはこ)泣き虫で素直じゃなくて強がりな君しか僕は目に入らない
(伊倉ほたる) 嘘つきにも馬鹿正直にもなれなくてバジルをちぎる白いキッチン
(雑食) 夕暮れの日直欄の君の名をほんの数分消さない自由
(村木美月) 「嬉しくて走って来た」という人の真っ直ぐな目に射抜かれている
(音波)全力で僕を肯定するように直火で肉を焼く音がする
073:自然(76〜100)
佐藤紀子)人間は自然の中の生物と思へば小さし我の悩みも
074:刃(76〜102)
(中村成志)うすいうすい刃がもぐりこむ 月光に分割された 竹林のなか
佐藤紀子)刃をねかせスッと削ぎとる生ハムの透き通りさうに薄きひとひら
(七十路ばばの独り言)魚捌く出刃の切っ先つとそれて指先の血が魚血に混ざる
075:朱(76〜100)
(中村成志)蹌踉と男がひとり 農道に曼珠沙華の朱 滴らせ行く
(伏木田遊戯)息絶える間際の痩せた犬のため花ゆれていよ朱雀大路
(るいぼす)都合よく解釈しては目をそらす朱い夢から醒めないように
(五十嵐きよみ) 平凡な名前に飾りをつけるごと鮮やかな朱の印鑑を押す
(七十路ばばの独り言)下鴨の社の朱色に朝日射し朝の祈りの太鼓の響き
096:取(51〜77)
(久哲)僕はただ時の水際に触れただけ取っ手は最初からついていた
097:毎(51〜77)
(晴流奏)日毎夜毎想いばかりが募りゆく今なら優しくなれる気がする
(砂乃)そういえばあれはどこだという父に母は毎回眼鏡を渡す
099:惑(52〜76)
(ほたる) 戸惑いの朝のホームに躊躇なく始発電車が今流れ込む