題詠100首選歌集(その56)

 最終題がやっと75首まで届いた。去年が10月27日だから、それより少し遅れているが、まあほどほどといったところか。締切りまで後1月弱、ランナーの方々のラストスパートに期待したいところだ。


       選歌集・その56


013:故(203〜228)
(睡蓮。) 酔ったって歌えない夜 故郷を追われた人をテレビで見てる
月夜野兎)錆びついた看板だらけの故郷は我知らぬ町に変わりゆく秋
(鮎美)事故のごと出会ひしふたりなるゆゑに示談のごとき別れとなりぬ
(みち。) 事務的に片付けられていく事故のようにあなたが下す決別
015:とりあえず(204〜228)
(北爪沙苗)とりあえず「YES」と言おう和の国の混沌を巡る道行きのなか
(ネコノカナエ)とりあえずカムパネルラと叫ぼうかまだ朋の名は海に呼べない
ひぐらしひなつ)何をしてもとりあえずでしかない真昼あなたの淹れたコーヒーを飲む
031:電(151〜175)
(浅見塔子) 空を割る電信柱けっとばす少年の背はあんなに低い
今泉洋子)鳴り響く電話の音に黄昏のわれの抒情もろく崩えたり
034:掃(152〜176)
(くろかわさらさ) ボルシチの赤が冷えては深くなり掃かれないままつもったほこり
(ネコノカナエ) 玄関をざわりと掃けば日常が戻る気がした浅い春の日
ひぐらしひなつ) 翅のない骸拾えば閉ざされた掃き出し窓に冬陽くずれて
076:ツリー(76〜100)
佐藤紀子) 「七月のクリスマスツリー」と四歳が七夕飾りを風に靡かす
(紗都子)ビル陰よりスカイツリーはあらわれてしばし歩めばまた消えてゆく
077:狂(76〜101)
(南葦太) まだ君の夏の帽子は出っぱなし壁の時計は狂いっぱなし
佐藤紀子)音程の狂ふところも(味)となるほろ酔ひ加減のあなたの歌は
(紗都子)つらぬいた愛が狂気に変わるとき藪の椿の花がこぼれる
(桑原憂太郎)教室の壁掛時計の秒針の狂ひを直す教師の病
079:雑(77〜101)
(龍翔)脱皮したばかりの私の抜け殻は雑木林に捨ててきました
(北爪沙苗) そのかみの少女雑誌の乙女らの瞳の牙を愛する秋夜
(紗都子)雑踏に取り残されることだけを望んで生きた訳じゃないのに
(桑原憂太郎)読みさしの雑誌のごとく新学習指導要領置き去りにせり
080:結婚(76〜100)
(鳥羽省三)祖母ハナが結婚七回した訳を父は語らず母も問はざる
(伏木田遊戯)そのバスは結婚式場前を過ぎ三叉路のある丘へと曲がる
佐藤紀子)送り出す父母の気持ちは知らざりき 結婚すると決めしあの頃
098:味(52〜76)
(砂乃) ほんのりとリンゴ風味のクッキーをさくりとくずす夕飯の前
(miki) 味覚にも 老いは忍びて変化する 好きな味にも箸がすすまず
佐藤紀子) ひと口をふふみてじつと味はへり友の作りし自慢のワイン
(牛隆佑) 君に似合う言葉を手繰る意味なんて後から勝手にやって来るから
(北爪沙苗) コーヒーの薄さを惜しめど明け暮れの冷えゆくのみの味わいとする
100:完(51〜75)
(中村成志) 「完」の字を求める旅路 決めている最後の言葉 悪くはない、と