題詠100首選歌集(その57)

選歌集・その57


005:姿(238〜263)
(北爪沙苗)なんという通過駅だか影のなき煤けていたる後ろ姿は
(はせがわゆづ) またあしたの一歩の向こうでゆれる髪と後ろ姿に重なる夕焼け
008:下手(231〜255)
(東 徹也) 後戻りするには台詞下手すぎて壊れていったほろ苦い恋
(モヨ子) 告げるのが下手で勇気も持たぬまま垂れる稲穂を渡る風見る
(豆野ふく)下手人に惚れてしまった十手持ち テレビの中の江戸は鴇色
021:洗(177〜201)
(奈良絵里子)誰よりも図工の時間が好きだった 色とりどりの筆洗バケツ
(那緒) 投げ込めば洗濯物と名付けられ自転はじめる給食袋
032:町(155〜179)
(希) 町かどにそっと忘れてくるような嘘ならついてほしくなかった
(新藤ゆゆ)朝焼けの町にぽつんとしゃがみ込み煮物の味を思い出してる
(藤野唯)少しだけ悲しいのは内緒のままでしあわせ祝う町の教会
(黒崎聡美) がらんどうの町を歩けばどこまでも行ける気がして放るサンダル
(藤田美香) だれにでも居場所はあるというわりにさみしい町と路地が多いね
(理阿弥)名画座を出づれば町に雪化粧昭和の終り知らず歩きぬ
(なぎ)僕たちの町はいつでも申し訳なさそうにして夕陽に沈む
月夜野兎) 君の住む町の景色にあいたくて故郷に似た川辺を歩く
035:罪(152〜176)
(黒崎聡美) 前世の罪のようにも思われて夏の暑さはのしかかりくる
(詩月めぐ)優しさが沁みる貴方の腕のなか告白できない罪が増えていく
(理阿弥) 手の汗と銅貨は幼き罪の匂いふたり黙して家路たどりぬ
ひぐらしひなつ)存在は罪かと問えば否という声して雨がわたしを濡らす
043:寿(126〜150)
(ネコノカナエ)寿歌(ほぎうた)のセリフを読めば夕闇の端がほどけるすぐに会いたい
(雑食)寿という名の駅があるという明日君と行く樹海の近く
(藤田美香) 灼熱の君との時代を駆け抜けて寿命の背筋を凍らせてみる
044:護(126〜150)
(葉月きらら)いつだって過去に戻れた携帯の保護したメール削除する夜
(雑食)制服のボタンに指をかけている保護者のような表情のまま
(高良すな)北風に 寂しさつのる 砂浜で 護符のかわりに 貝殻ひろう
今泉洋子) 餌もとめ町を彷徨ふ猪はコンビニ前で保護をされたり
(月原真幸)満月の過保護なほどの明るさにどこにも帰れない帰り道
(理阿弥)老犬に護られながら老犬を歩かす男の子(をのこ)モーセの如く 
078:卵(76〜101)
(東雲の月)ゆで卵思いがけずに笑い合うつるりと剥けたその瞬間を
佐藤紀子)ゆで卵のやうに黄色い芯を見せ白い睡蓮ほつかりと咲く
(ネコノカナエ) ゆで卵むく春の夜そこにあるどうしようもないあなたの不在
(紗都子) しなやかに片手で卵を割るひとの肩のラインがちいさく揺れる
082:万(76〜100)
(芳立)子も孫も継げとろくでもなき父の万年筆のあと蒼黒き
085:フルーツ(76〜100)
(紗都子) 肉厚のグレープフルーツ食べおえてボウルのような皮を重ねる