題詠100首選歌集(その59)

選歌集・その59

001:初(280〜304)
(飯田和馬)初めてのブランコに似たかなしみが沈む秋刀魚の瞳の底に
(粉粧楼)まなざしの闇に捕らわれみずからの体温を知る初めての夜
061:有無(103〜127)
(うたのはこ)つり革を持つ手よろけた振りをして指輪の有無を確かめてみる
(じゃこ) 配偶者の有無の欄だけ書き損じもの悲しさの増した履歴書
今泉洋子) 才能の有無を自分で決めるなと白秋言へり諦めず詠む
(黒崎聡美) 大いなる流れのなかに立っていて有無を言わせぬ北風が吹く
063:丈(104〜132)
(新藤ゆゆ) ブカブカで丈のあわない恋人を着ていた日々がおもいでになる
(雑食)早生まれだったあなたに背の丈を越されたころに書かれた日記
(村木美月)よそゆきの微笑みだけを忍ばせて身の丈合わぬ一日過ごす
(空音)もう全て知ってるような顔をしてミニ丈に折るプリーツスカート
(藤田美香) ため息の丈に合わせて更ける夜せめて明日は天気になれよ
(黒崎聡美) デートって何してたっけと思いつつはんぱな丈のチノパンを穿く
064:おやつ(103〜130)
(雑食) おやつなど似合わぬほどに年齢を重ねたきみとぼくの夕暮れ
今泉洋子)歌よりもおやつ作れと幼子は苦しむわれにレシピ持ち来る
(黒崎聡美)おやつというやさしい音もまぜこんでホットケーキは三枚焼けた
065:羽(101〜125)
(雑食) 手羽先の骨積み上げる時もまだぼくへの文句積み上げている
(萱野芙蓉)しろき鳩羽ばたくやうな音させて時雨降るなりビルの窓にも
今泉洋子)春 の夜の夢の底なる花みづき羽根を広げて天使になつた
066:豚(101〜126)
(うたのはこ)「好きなもの買ってあげる」と君はいう豚の貯金箱さかさまにして
(伊倉ほたる) 包丁は研ぎ澄まされた冬の月 白磁を酢豚で彩る夕餉
今泉洋子)仕上げには醤油を入れし祖母の味舌が覚えて豚汁つくる
(粉粧楼)後悔と共に食卓囲むためイベリコ豚をソテーする夜
067:励(101〜125)
(北爪沙苗) ほどほど、と励ましながら降り続く十月の雨 バラも散るころ
(伊倉ほたる) 励ましのことばがのどに貼り付いてベリーニの泡をじっとみていた
今泉洋子)励まし合ひて歌詠みし友不意に逝き秋空ただに広くなりたり
068:コットン(102〜126)
(七十路ばばの独り言)コットンの響きが誘(いざな)うイメージは綿の畑に立つスカーレット
(うたのはこ)無くなれば恋の魔法も解けそうで食べずに飾るコットンキャンディ
(南雲流水) コットンのシャツのボタンを付け直す擦り切れるほど遠い歳月
(新藤ゆゆ)コットンのやさしい匂いのするひとになるため今日も嘘をのみ込む
(伊倉ほたる)コイン式ランドリーには空がないコットンシャツの回る真夜中
(村木美月)コットンのシャツから香るダウニーが幸せ者の象徴となる
(空音)いい人の振りなんてもうするものか裂くように脱ぐコットンのシャツ
069:箸(101〜126)
(伊倉ほたる) 菜箸で転がしているゆでたまご「母」で始める一日のため
今泉洋子)神様と人とを繋ぐ架け橋とふ箸の音冴えて神無月尽
(萱野芙蓉)箸づかひの癖さへうつくしく見える男と啜る江戸せいろ蕎麦
(黒崎聡美)箸置きに箸を置く所作うつくしく夜はそれよりゆるやかとなる
(冥亭)骨上げの箸の短さ ホトケともヒトとも縁の薄き世の末
086:貴(78〜102)
(じゃみぃ) ぼんやりと紙に落書きしていると貴女のことをふと思いだす
(五十嵐きよみ)精いっぱい兄貴ぶりたい少年の頼もしいよりかわいい身振り