題詠100首選歌集(その60)

           選歌集・その60


010:駆(230〜254)
(増田静) すこやかな四輪駆動いのししが前へ前へと夏を蹴とばす
026:震(177〜201)
今泉洋子) 地震(なゐ)続く列島に季は移ろひてツタンカーメンを飯に炊き込む
(黒崎聡美)雨粒は紫陽花の葉を震わせて葉裏の影をさらに濃くする
ひぐらしひなつ) さわさわと九月の水を震わせて魚のようなさみしさが来る
036:暑(160〜184)
(浅見塔子) しばらくはふったあいつの夢をみる じめじめとした残暑は嫌い
(稲生あきら)逃げるようにクワガタムシの亡骸を置き去りにした夏の暑い日
(粉粧楼)君の手の冷たさだけを頼りとし暑いばかりの夜に溶け込む
047:態(128〜152)
(藤野唯) 醜態をさらしたままでしたキスを灯りのように大事にしてる
049:方法(129〜153)
ひぐらしひなつ) いくつかの模索の果てにたどりつく方法 雨がわたしを伝う
050:酒(127〜151)
(村上 喬)梅の実の青くすみたる酒瓶に今年の夏の光ゆれおり
今泉洋子)生きるとは罪重ぬる事酒食らひ獣食らひ嘘までもつく
(理阿弥)手土産の酒で浅蜊を蒸しをれば別れたとぽつり妹の云ふ
087:閉(76〜102)
(鈴麗) 閉店の続いた商店街の町シャッターの色は虹色であれ
(紗都子) 夜の闇に閉ざされてゆく扉たち今日と明日の境目になる
(桑原憂太郎) ため息の飽和してゐて校門の重い鉄扉は閉じられたまま
(五十嵐きよみ)猫が目を閉じている間にゆっくりと小春日和の午後が過ぎゆく
(新藤ゆゆ)デパートに閉じこめられたマネキンのような温度で抱きあえばいい
088:湧(76〜101)
(東雲の月)湧き上がる刹那にひたと崩れゆく水涼やかに夏色となる
(うたのはこ)君の指から湧き出した音の粒壁越しに聞く雨の放課後
089:成(76〜102)
(東雲の月)いつだって求めるものは成功で手に入るのは苦い思い出
(星桔梗) 成長を祈りつ過ぎゆく景色には四季幾度も重なりてをり
(五十嵐きよみ) ひらがなで成り立っているあこがれをどうか漢字に置き換えないで
(村木美月) 欠伸して流す涙とかなしみの涙はきっと違う成分
090:そもそも(78〜102)
(牛隆佑) 決めるべき事も決まって日溜まりにそもそも論を遊ばせている
(富田林薫) そもそもと切り出した後の静寂のコーヒーカップにかすか秋色