題詠100首選歌集(その64)

選歌集・その64

027:水(177〜201)
(粉粧楼) 水彩画みたいな色に変わりゆく君だけいないあの年の夏
(小林ちい) 水色はあいつが似合うと言った色くたびれたシャツたたまず捨てる
028:説(177〜201)
ひぐらしひなつ) 読みさしのままの小説枕辺に伏せて九月の閉鎖病棟
030:遅(178〜202)
(なぎ) もつれてくスニーカーの紐 出遅れの恋はじょうずに走れないまま
ひぐらしひなつ)いつもすこし遅れてやってくるバスの青い座席が春へと揺れる
(鮎美) 遅刻魔の弟の手を引きながら土の色など教へてもらふ
042:至(151〜175)
(遥遥) この道の至る所にあるという楽園というはてなき地獄
ひぐらしひなつ) きみがいれば腕いっぱいに野あざみを抱く痛みも至福と呼ぼう
051:漕(127〜152)
(新藤ゆゆ)夕暮れの予感たとえばブランコを漕いでも漕いでもとどかない空
(粉粧楼)君の目の告げる言葉に導かれ漕ぎ出す海の色は知らない
(詩月めぐ) ペダル漕ぐ君の背中につかまれば一緒に空を飛べたあの頃
(藤野唯)いままでの恋を落としてゆくようにペダルを漕いでゆく長い坂
(しづく) まえかごに鞄後ろにあたし乗せゆっくりペダル漕ぐ君、夕焼け
(稲生あきら)がむしゃらにペダルを漕いだ坂道も今では遠い町の思い出
081:配(101〜126)
(小林ちい)東北に育つ僕らは雪の降る気配を風の中に嗅ぎ取る
(黒崎聡美) 駅前のティッシュ配りは今日もなく唐突に吹く冬の冷たさ
083:溝(101〜126)
(村木美月) お互いに深まる溝は伸びてゆきやがて海へと行き着くがいい
(空音)賑やいだ宴の後の静けさよ側溝に浮く立ち待ちの月
(伊倉ほたる) U字溝が積み上げられた空き地にはセイタカアワダチソウと口笛
(モヨ子) 埋まらない溝ははなから覚悟して君と眺める宵の明星
今泉洋子) 側溝に動かぬ鯰を見し夜に地震(なゐ)を伝ふるテロップ流る
(飯田和馬) ひょっこりと溝から顔をのぞかせる猫がぼくらを逸らせる月夜
098:味(77〜102)
(紗都子) 塩味のスイーツばかり食べすぎていい塩梅がわからなくなる
(青野ことり)上の空なんかじゃなくて秋だから風味のちがう三つの小鉢
(螢子)たったひとつほめられた味だしまきが得意料理となった冬の日
(小林ちい) 新しい味のコロンが出ただけで騒がしくなる二年六組
099:惑(77〜103)
(ワンコ山田)呑みたいね食事したいね逢いたいね(たいね)が降り積む惑星に住む
(青野ことり)戸惑いを隠せないままうなずいたあなたは花を買わないだろう
(螢子)不惑とふ年頃過ぎてまだ迷ふ心に君を住まわせてゐる
(小林ちい)「戸惑えばいいんだ初めてのことは」親父の手の中ビールが温む
100:完(76〜102)
(東雲の月) 完熟を迎えし柿の影を踏み秋風寒きみちのくの秋
(紗都子) 未完なるものこそ永久に愛されて白いレースのうえでまどろむ
(龍翔) 完全な愛など無いと知りつつも同じ行為を繰り返す夜
(香村かな) 今日はもう完売の札まだここに売れ残ってる花もあります