題詠100首選歌集(その70&71)

 1年近く続いた題詠100首も昨日で締切となった。もっとも、主催者の五十嵐さんが熱を出されたようで、まだサイト上での物理的な締切はされていないようだが、いずれにせよこれでゴールというわけだ。皆様お疲れさまでした。
 これで最後ということで、在庫の多少にかかわらずお題の順に選歌を続けて行きたい。私の好みとしては、残りを全部一気に片付けたいところなのだが、何せ100題全部ともなれば 、かなりの時間も掛かる。それに今日は夕方から出掛なければならない会合もある。それやこれやで、今日中に「全部」という目標はギブアップして、できるところまで順次やって載せて行くということに方針変更した。したがって、選歌集その71以降を今日追加して載せることになるのか、それとも明日回しになるのかは、目下のところ未定だが、いずれにせよ、近日中に全部の選歌を終えて、百人一首に掛かる予定に変わりはない。
 考えてみれば、私にとって選歌は楽しみの一つではあるのだが、ゴール時のように多数の在庫が貯まってしまうと、その重みに押しつぶされて、楽しみが重荷に変わってしまう。そういった意味では、余りスピードにこだわらずに、マイペースで楽しみながらやる方が、穏当なのかなとも思い出したところだ。もっとも、これも年齢から来る気力の衰えの一つなのかもしれないが・・・。
 皆様お疲れさまでした。また主催者五十嵐さんの体調の御回復をお祈り致します。(15:06記)

           
         選歌集・その70     


001:初(305〜315)
(竹中 裕貴) 初めて嘘をついたときからゆうぐれであったのだろう あなたがとおい
(小倉るい)「帰るよ」とつぶやく兄の背の向こう父の田の雪解け初めにけり
002:幸(285〜303)
(豆野ふく) 三度目の節句にはしゃぐ子のために幸いあれと咲く花の色
(粉粧楼)幸いという文字のつく街に住み日々巡りゆく平穏を知る
(r!eco) 幸せを数えて眠る夜だから電話は朝まで取らないつもり
(しづく) 「幸せ」と呟いてみたなんとなく心残りをみせたくなくて
003:細(285〜303)
(anemone)電話越し横たわる君くぐもったか細い声がつく甘い嘘
(小倉るい) 会いたいと言わない義父の足細み畑の柳雪かぶりおり
(村田馨) 見あげればか細き月のほの光る哲学堂は深く眠りぬ
006:困(257〜279)
(小林ちい)最近は「困ったわね」が口癖の母親がいて一緒に飯を食う
(竹中 裕貴) 困らせる側にあなたがいることも愛された日のしるしとおもう
007:耕(257〜281)
(樹) 宿題のアサガオと祖父の野菜とが一緒に耕されている夜明け
008:下手(256〜272)
(小倉るい) 下手なりにまっすぐに行く道がある白樺林にかそけき冬日
009:寒(260〜267)
(jun)「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいないやすらぎ
(青山みのり)浴室の窓を開ければ寒いってはじめておもう明日はいい日だ
(村田馨) 寒々とニコライ堂の鐘鳴れば老いも若きも背を糺(ただ)し居り
010:駆(255〜266)
(片秀)きゃあきゃあと嬌声の下駆け抜けて 一つ、静かな眼差しにあう
(小倉るい) 母と娘の糧を支えし里山(やま)消えて竹林深く風駆ける夜
(久野はすみ)川のある温泉街の神無月、駆け落ち者のようによりそう
011:ゲーム(253〜256)
(久野はすみ)デイゲーム終わりしのちのしずけさに途方に暮れているスタジアム
012:堅(232〜255)
(豆野ふく)誠実で堅実な人のふりをして隠し持ってる三つの秘密
(小倉るい)冬靴の使用期限が切れかかり道に残りし堅雪を蹴る
(村田馨)堅焼き煎餅(せんべ)頬張りながら仲見世をぶらついて行く浅草寺まで
013:故(229〜249)
(生田亜々子)何故なんて言わせやしない目の前で潰す真っ赤な絵の具のチューブ
(はせがわゆづ)あまりにもあたたかいので今日からはあなたの胸を故郷とします
(小倉るい)変わらない故郷があり変わりたるふるさともある5月1日
014:残(229〜251)
(清次郎) 夕波に取り残されていつまでも砂のお城がたたずむ浜辺
(粉粧楼)突き刺さる言葉の温み気づかされ君の残像だけ探す夜
(しづく) マンションにむなしく響くひとりきり歩くヒールの軽い残響
(竹中 裕貴)残されてしまう羊がかわいそうだからわたしはまだ眠れない
(小倉るい) 残りたる家に「解体OK」の赤ペンキあり5月の宮古
(青山みのり)残高をゼロにするためあと少し生きてみようか 明日はいい日だ
(村田馨)闘争の残滓すらなく鎮座する安田講堂に春風そよぐ
(T-T) あと一つ残して渡す、渡される 二人の時間をつくる冬の日
015:とりあえず(229〜252)
(粉粧楼)とりあえずだけ繰り返す夜の果て君を失う予感見つめて
(田中ましろ)君のいない世界もきれいとりあえず階段はひとつ飛ばしで上がる
(久野はすみ) とりあえずここに座ろうほのほのと冬の薄陽のさししめす場所
016:絹(228〜246)
(野坂らいち) 崩れやすい絹ごしみたいなこの恋の賞味期限はもう過ぎている
(田中ましろ)ていねいにすじを取られる絹さやに正しさばかり求めてしまう
(小倉るい)絹糸を手繰れば君が来るようでかやぶき屋根に降る静雨
(久野はすみ)つまさきに絹モスリンの感触をおぼえたるまま履くローヒール
(村田馨) 秋風に絹のスカーフなびきおり小金井公園紅葉散るなか
(T-T) 絹色の夜明けが包む 僕たちは静かに泣いてそれぞれになる
017:失(229〜241)
(小倉るい) 失いしもののあまりに大きけれどこまでも碧き今日の海原
018:準備(229〜239)
(片秀)今はまだ一人前の男への準備をしている柔らかな頬
021:洗(202〜225)
(夏嶋真子)サニタリーショーツを洗う間だけ花は散らない月は欠けない
(はせがわゆづ) 洗顔を忘れずにする真冬でもまつげにこもれびそっとのせつつ
(野坂らいち)もう二度と戻ることない今日の日を洗い流してお風呂場を出る
(片秀)五月雨に洗われた空いつだって一番最初に虹を見つける
(青山みのり) 洗濯の終わるブザーが行く秋の声に聞こえる明日はいい日だ
(風とくらげ) 朝干した洗濯物が帰宅してずっしり夜風に重い毎日
022:でたらめ(205〜227)
(小林ちい)でたらめに弦を弾けば俺だけのこの時だけの歌が生まれる
(生田亜々子)でたらめの私の影の寄り道をあの花だけがまだ咎めている
023:蜂(205〜224)
(はせがわゆづ)仄明るい方へ歩いていきましょう蜂蜜色の月が出ている
(久野はすみ)肯定と否定のあわいをただよえばわたしのなかに巣くう蜂鳥
024:謝(206〜221)
(小倉るい)誰のせいでもない事に謝罪することにも慣れて官吏となれり
(久野はすみ)謝肉祭の最後のひと日の思惑のみずみずしさのオレンジを食む
025:ミステリー(202〜223)
(久野はすみ)ミステリー作家にまつわる小ばなしをささやかれつつ飲むギムレット
026:震(202〜220)
(山階基)かさかさと震えるビニール傘たちの並ぶ昇降口の梅雨明け
(小林ちい)好きなやつなんていねえよ 少しだけ震えた声が透ける夕暮れ
028:説(202〜212)
(青山みのり)説明のいらぬ仲なり風に鳴る銀杏並木の明日はいい日だ
029:公式(201〜208)
(村田馨)朝ぼらけ啼ける郭公式根島カンビキ山のふところ深く
030:遅(203〜212)
(夏嶋真子)半生は流れる星のようにすぎ春日遅遅の祖父母のあくび
(竹中 裕貴)遅咲きの桜ひとつにみおくられおさなく消えた初恋がある
(久野はすみ) 遠くより眺むる花火すこしだけ遅れて届く哀しみのあり


 会合から帰って選歌を再開したのだが、少々くたびれた。第50まで来たところで、残りは明日回しにしようと思う。体力、気力ともに無理の利かない年齢になって来たのかも知れない。なお、選んだ作品のなかった題のリストは、最後の選歌集にまとめて載せることにしたい。(23:30記)
        
           選歌集・その71


031:電 (176〜203)
(如月綾)人攫いみたいに電車は無理やりに君を連れ去る 遠い街まで
(小倉るい)デュエットを歌った後は終電に遅れたふりをする金曜日
(久野はすみ) 「浅草で電気ブランを」約束は果たされぬままふた昔過ぐ
032:町(180〜204)
(しづく)君といた町の風景さがしてる 駒込駅も少し変わった
(久野はすみ) 青春は、などとは言わず歩行町(かちまち)の路地裏にある店まであゆむ
033:奇跡(202〜207)
(久野はすみ) いくたびも動画サイトは繰り返す津波も奇跡のファインプレーも
034:掃(177〜204)
(小林ちい)スカートが濡れたと恵美が騒いでたプール掃除の遠い夏の日
(鮎美) 吐瀉物におがくず撒きて掃き寄する駅員のゐてクリスマス・イヴ
(T-T) 掃除機の風で膨らむ春の部屋 さくらめーるの返事が届く
眞露) うずをまき白砂掃かれた石庭に 秋風すずし堂の縁側
035:罪(177〜202)
(みち。) どの罪に対する罰かわからずに責められるまま謝っている
(村田馨) 人はみな罪を背負いて生きていく日差しの強き日比谷公園
036:暑(185〜203)
(小倉るい) 囲われて伸びすぎしまま処暑となる胡瓜一本地に着かむとす
(青山みのり)暑さとはすでに無縁のベランダにあさがおが咲く明日はいい日だ
037:ポーズ(183〜199)
(生田亜々子)ブロンズの少女はポーズとったまま乳首に雪を積もらせている
(鮎美) それなりのポーズもとらぬ妹はまつさかさまに大人になつた
038:抱(185〜198)
(久野はすみ)カラフルな卵を抱いているような少女らの声とすれちがいたり
039:庭(179〜193)
(はせがわゆづ) いつの日かあなたのやさしい庭先で小さく咲いてる花になりたい
040:伝(181〜196)
(久野はすみ) 「伝法でございますが」と車夫役のふるき日本語ここちよき夜
045:幼稚(155〜183)
(奈良絵里子)ぞうのある幼稚園にも慣れたのに引っ越すことになってごめんね
(みち。) にぎやかな幼稚園バス通りすぎわたしのなかの孤独を揺らす
(はせがわゆづ) 新月の散歩に見つけた幼稚園にしまい忘れたボールがひとつ
(如月綾) 切りすぎた前髪が少し昨日より幼稚に見せる君の横顔
(T-T)小さな手ひかりを紡いでいくように 冬晴れの陽が差す幼稚園
(村田馨) 遠足の幼稚園児らはしゃぎおり拝島公園藤みだれ咲き
047:態(153〜176)
(みち。)しあわせの擬態はうまくいかなくて風に揺れてるさみしいしっぽ
(小倉るい)バラの花赤き一輪揺れを見つ容態変わらぬ6月の父
048:束(152〜174)
(稲生あきら)公園のベンチの上に忘れられた約束ひとつ雨に濡れている
(鮎美)我が脱ぎし外皮のやうで捨てられぬ楽譜の束に一匹の蜘蛛
(夏嶋真子) まざりあうひかりの絵具は雪になり白紙のままの画家の約束
(jun)一つずつの吊り革に手を束ねられ朝の電車に売られてゆきぬ
049:方法(154〜175)
(小林ちい) 傷付ける方法ばかり思いつくうんと笑わせたいだけなのに
050:酒(152〜174)
(小倉るい) アルコールの無い酒ならば飲みましょう夢に酔うほど若くはなくて
(T-T)シェリ―酒のグラスの抱える赤い湖面 嘘は静かに沈めたつもり