題詠100首選歌集(その72=最終版)

 選歌もやっと終わりました。これから百人一首の作業に入ります。選定の前段階の整理を終えた上で、明日あたり例年通り「前夜祭」を載せ、本体はその1日か2日後になるのだろうと思います。
 何の権威もない至って勝手気ままな選歌でしたが、これまでお付合い下さった皆様に厚く御礼申し上げます。この点は百人一首も同様ですが、引き続きよろしくお願い致します。


             選歌集・その72

051:漕(153〜169)
(鮎美)立ち漕ぎは男の子のみに許されしものであるゆゑひつそり真似る
(T-T)真っ白なシャツを帆にして自転車を漕ぐ君の背がとけ込む夕焼け
053:なう(152〜171)
(さくらこ)諦めたはずだったのに心には綺麗なうそをつけなくて冬
054:丼(157〜168)
(砺波 湊)丼の底にはちいさな龍二頭 互いの尾の先追いかけている
(片秀) 書庫用の電灯探す牛丼の匂いが満ちる用務員室
(青山みのり)丼物に椀に小鉢と食後にはアイスが付いて明日はいい日だ
056:摘(155〜166)
(青山みのり) <摘み菜>とう古しき名の菜の売り場にてしばし目を閉づ明日はいい日だ
058:帆(154〜165)
(T-T) 真っ白なシャツは帆のよう 海望む坂下りゆく思春期の君
059:騒(155〜166)
(jun)騒音にしゃぶられている思いしてゼブラ・ゾーンを急いで渡る
(竹中 裕貴)巻き貝の中にかすかに消え残る潮騒たちに揺られて眠る
(青山みのり) 喧騒の消えた街にはいくつもの祈りが灯る 明日はいい日だ
060:直(152〜168)
(星川郁乃)顔をよく思い出せない数人の中のひとりとして菅直人
062:墓(152〜161)
(星川郁乃) 思い出という名のついた遠い日のこいびとの墓の場所は知らない
063:丈(133〜161)
(小林ちい) 身長は変わらないのに袖丈の少し足りない親父のスーツ
(笹木真優子)制服の頃からいつも長すぎるスカート丈を持て余してる
065:羽(152〜161)
(青山みのり) 羽衣はしまい忘れたことにして歩いてゆこう明日はいい日だ
068:コットン(152〜166)
(なぎ) 東から届いた訃報 朝焼けをコットンシャツに透かして眠る
069:箸(152〜156)
(久野はすみ)うつくしい石をみがいて箸を置く昨日のことはなかったことに
074:刃(155〜158)
(久野はすみ) 目に刃ひからせている少年の指よりこぼれ出すノクターン
075:朱(128〜154)
(奈良絵里子)美しい文字で宛名を書きたくて朱墨の匂いを思いだしてる
(藤野唯)しあわせな恋をしてると言いふらすかわりに朱色のカーディガン買う
(鮎美)まつすぐに朱肉に当てて圧しつける本日限りのこの姓の印
(はせがわゆづ)震えながら初めて判を手にとった朱肉があなたの苗字にくぼむ
(小倉るい)協議書の朱のあざやかで明日からは独りで暮らす母の行先
(久野はすみ) 週末は朱色のまふらあ巻き付けて風吹くまちのあなたに逢おう
078:卵(127〜152)
(萱野芙蓉)やがて空を飛ぶ生き物を閉ぢこめて卵しづかに抱かれてゐたり
(はせがわゆづ) あたたかい夜になるまでまるまって卵になってきみを待ってる
(久野はすみ)無理をして片手で卵わるような日々につかれて飲む茉莉花茶
079:雑(128〜155)
ウクレレ) 絞られた形のままで雑巾は乾いて夢を抱き続ける
ひぐらしひなつ) 雑踏はしずかに冷えて夜の水満ちくるまでを重く流れる
(鮎美)雑魚寝の子一人ひとりを順番に照らして懐中電灯去りぬ
(さくらこ) 道端であなたに拾われるはずの雑種の子猫みたいなあの子
(如月綾) 欲しいのはたった2ページ そのために雑誌1冊買おうか悩む
081:配(127〜151)
(睡蓮。)気配りの言葉ひとつもかけないでビールついでるだけのねぎらい
(星川郁乃) 配線をひとつ違えて動かないマシンのようにひと日を終える
082:万(126〜154)
ひぐらしひなつ)この冬も葉書がとどく旧式の万年筆の文字ふるえつつ
(星川郁乃) 万全の道しるべなど持たなくて明日読む星を夜空に探す
083:溝(127〜151)
(峰月 京)駆けてくる制服想い出しながら懐かしく待つ溝の口駅
084:総(127〜153)
(鮎美) 総柄のサマードレスを仕舞ひたり来年は着ぬやうな気がする
(久野はすみ)総武線沿線の駅に捨ててきた言葉をふいに思い出す夜
085:フルーツ(126〜154)
(鮎美) フルーツサンドくはへたるまま会釈せる君とこしへに少年であれ
086:貴(129〜153)
(久野はすみ) そこそこは幸せであるわたくしは貴腐のワインの味を知らざり
087:閉(129〜147)
(砺波 湊)音楽が止んだら降りればいいだけの回転木馬に閉じ込められて
088:湧(127〜148)
ひぐらしひなつ)愛を言うかわりに今朝の霧を抜け水湧く谿にきみを誘う
(鮎美)ふつふつと湧きあがりくる憎しみを それはそれとして今日を過ごしぬ
090:そもそも(128〜150)
ひぐらしひなつ)そもそも、と言いかけたまま噤まれた唇うすく薄暮に沈む
(峰月 京) そもそもと言い始めたら口つぐむ頃合いと知る妻の分別
(砺波 湊) そもそものはじまりを聞く気になって濃いめのお茶を用意している
091:債(127〜148)
(藤野唯)甘えてはいけないひとに泣きついた負債そのものみたいな夜だ
(鮎美)晩秋の銀杏並木の燃ゆる黄よ書債ある身はゆつくり歩む
(はせがわゆづ) 繰り返す空の青には見ないふりたまった書債の隣で眠る
(砺波 湊) 債鬼にも利き腕や好きな色があり怒鳴り声にも幽かな訛り
092:念(126〜149)
(清次郎) 念のため金魚に多めに餌をやり君と映画を見に行く土曜
(小倉るい)輪になりて念仏となえる部屋中の裸電球煌々として暗し
(鮎美)恒例の一族記念写真より一抜け従姉二に抜け従兄
093:迫(128〜152)
(星川郁乃)夜と霧 水晶の夜 迫害はときにうつくしい名でしるされる
094:裂(128〜149)
(T-T) 明日の予定なんにも決めずにゆっくりと二人でチーズを裂いてる夕べ
095:遠慮(127〜152)
(小倉るい) 山里の翁おうなの蜀黍(もろこし)を遠慮なく食い土地を買い来る
(生田亜々子) やがて来るはずの発作がちんまりとドアの向こうで遠慮している
096:取(134〜149)
今泉洋子)幼な日の虫取撫子咲く畦を記憶の中に祖母と歩めり
(鮎美) ほつとりと蚊取線香落つる夕祖母の気配に抱かれて眠る
097:毎(132〜148)
(星川郁乃)痛みにもやがては慣れて毎日をおおむね静かな海だとおもう
(T-T)遠距離の電話で言葉を選んでる 夜毎に冬の気配は広がる
(砺波 湊) ドラマでは購読率のやけに高い「毎朝新聞」の社説読みたし
098:味(132〜149)
(星川郁乃) 後付けの意味を探している日暮れ 一番咲きの山茶花を切る
099:惑(130〜150)
(鮎美)甘やかな困惑を思慕に変へながら淡きすみれの花ひらきゆく
(砺波 湊)「ご迷惑をおかけします」とイラストの男は頭頂部見せて謝る
100:完(130〜150)
(星川郁乃) 完売の札は貼られて特売のキャベツの外葉微かに匂う
(藤田美香)ゆっくりと雨が降る日に思い出す完成しない砂の城、とか
今泉洋子) 生きるとは未完なる死かジギタリスはつか傾ぎて風のこゑ聴く
(生田亜々子)コンパスで描いた丸は真ん中に穴が開いててやっぱり未完
(砺波 湊) 完結は先延ばしにしてゆっくりと珈琲豆を挽いている午後

番外の歌(33〜75)
(みずき )壊れゐし街へのたりと春の海 過ぐる季節へ櫻(はな)が咲いてる
(みずき )惨劇のあとは風舞ふ哀しみの口笛ばかり聴こえ、潮騒
(みずき)曳き上げし船へ乱るる潮騒の悲しきまでに青き透明
(鳥羽省三)歌はぬは歌ふにまさる哀しみに大震災のうた我は歌はず
(牧童)名も知らぬ花と初めて出会う朝瓦礫と化した国揺れやまず

昨日と今日の選歌集で選んだ歌のなかった題
004(283〜287)、005(264〜276)、019(233〜238)、020(230〜235)、027(202〜212)、041(180〜191)、042(176〜189)、043(176〜182)、044(176〜181)、046(177〜181)、052(152〜171)、055(155〜167)、057(156〜166)、061(154〜163)、064(156〜161)、066(152〜161)、067(151〜162)、070(151〜156)、071(153〜156)、072(155〜158)、073(151〜155)、076(155〜158)、077(155〜158)、080(151〜155)、089(128〜149)