題詠2012選歌集(その6)

選歌集・その6

007:驚(61〜85)
(円) ハイドンの忍ぶ足取り軽やかに「驚愕」第二楽章は鳴る
(七十路ばばの独り言)日々の記事驚くことの多すぎて驚く感性錆びついてゆく
010:カード(55〜80)
(円)期限切れのカードの束に刃を入れて過去の私をじゃきじゃき殺す
(穂ノ木芽央)地の底のやうに電子の音ひびくIDカードを引きぬく夜更け
(コバライチ*キコ)元気でとカードを添えて宛名書くメールでは届かぬ想いを込めて
(五十嵐きよみ)青空のポストカードに書き込んだ雲の一字が雨になるまで
014:偉(26〜52)
(庭鳥)偉人像みたいな目つき歩道行く下々を見るユリカモメたち
(芳立)身の上を訊かれ話せば若いのに偉いわねえとすする茶の音
(もふ) 陸揚げの魚のごときあがきして偉業はもはや成し遂げられず
(寒竹茄子夫)偉丈夫の友の鯔背(いなせ)も昔なり白き暖簾にあはきたそがれ
(飯田彩乃) 偉人伝かかえて眠る弟に口づけている出奔前夜
016:力(28〜52)
(たつかわ梨凰)我にある力限りの優しさで抱き締めたとて手遅れな夜
(熊野ぱく) 目の前のおばさん達が失った女子力はもう戻ってこない
017:従(26〜51)
(ひじり純子) 従来の仕方に戻していただきたい と言う勇気がなかなか出ずに
(アンタレス)従順を美徳の如く説きしあり女大学守るも悔いあり
(寒竹茄子夫) 従姉の顔いつか記憶を遠ざかりぬたのわけぎを噛み締めてをり
ましろ子)待てという主の声に従えど狂い吠えたい犬の日もある
025:触(1〜26)
(紫苑)触角に陽を滑らせつ黒き蛾のひた眠りをり夜を待ちつつ
(ほたる)手袋のまま手をつないだらゆるゆると伝わってくる指の感触
(シュンイチ)手に触れたその瞬間に歌になるそんなことばをさがしていたい.
(みずき) ふと触れて戸惑ふこころ階段の月の真中を君に寄り添ふ
(蓮野 唯) 触れながら恐れてもいる指先が絶頂と言う死へと誘(いざな)う
027:損(1〜25)
(ほたる)損得を考えないで生きている虫けらみたいな人生もいい
(こはぎ) 微笑みを損なうことが怖かった肯定ばかりし続けた頃
(横雲)桜舞ふ艶めく夜やいやいやと機嫌損ねしそぶりみせつつ
028:脂(1〜25)
(夏実麦太朗)先輩の同じ話を聞きながら豚の脂身きれいにはがす
(紫苑) 脂粉の香きみに移さじ午後の陽に傾(かたぶ)くまでの倫(のり)を保ちつ
(ほたる)曇天の空に流れる倦怠は低脂肪ミルクでつくるカフェオレ
(みずき)樹脂垂らす松の記憶が鮮明に少女のをはる午後を泣いた日
029:座(1〜25)
(紫苑)うつし世に渡せる橋のなきを知る夜空にとほき白鳥星座
(東 徹也)名画座の映画の街をガタゴトと走る電車のような行く末
(ひじり純子) 座布団の形の通り編みあげた毛糸のカバーを友として冬
030:敗(1〜26)
(ほたる)敗徳の定義を人が決めるなら来世は小さな虫になりたい
(映子) 負けるまで 不敗神話の報道陣   ホントのことは 誰も言わない
(秋月あまね)砲身を顔映るまで磨きつつ敗戦それはそれとして聞く
(空音)失敗を繰り返しては傷ついてそれでも誰かに恋する私
(ひじり純子)敗因は結局わからずじまいにて そもそも負けた自覚さえない