題詠2012選歌集(その9)

選歌集・その9


008:深(82〜106)
(湯山昌樹)海底の深いところは静やかに海雪(マリン・スノー)が降り積むという
(さとうはな)伝わらぬ言葉の多さ木蓮若木に深く水遣りをする
(磯野カヅオ)学帽を目深にかぶる少年のステンカラーに降る春の雪
(ぽたぽん)苦労などないよと笑う春色のコートの下の深い暗闇
014:偉(53〜77)
(椋)偉ぶらずささやかに咲く野の花も 輝く時を確かに持てり
松木秀) 偉人伝というものを読まなくなって最近の子は賢くなった
(七十路ばばの独り言)偉丈夫と言われし男歳重ね梅の古木の風情を醸す
(北大路京介)神よりも偉いのだけど蟻よりも偉くないのだ四十二歳
015:図書(51〜75)
(南野耕平) 休館日知らずに行った図書館の前であなたと初めて会った
(湯山昌樹)図書室の隅を好める子のありて声かけたくもそのままにする
(七十路ばばの独り言)我読みし図書のタイトルかき集め目録作りて孫に残さむ
021:示(26〜52)
(ありくし)黙示録朽廃の音は夜括るヨハネの祝う雪 黒し雲
(はこべ) 示されたきみの好意の数々が心に響き春を過ごしぬ
(高島津諦) まっさらな掲示板へと一つずつ君の写真を貼っていくのだ
(流川透明)神からの啓示が吾に降る夜はココアを飲んでさっさと寝よう
(槐)ひと言に君の示せる心根を耳熱くして聞きし春の夜
036:右(1〜26)
(横雲)ほんのりと歌右衛門注(さ)す頬紅の艶の偲ばる鬱金(うこん)咲きたり
(みずき)右心房つたふ命が鼓動する君去る朝を淡雪の降る
(蓮野 唯)抱きしめて言葉に出した劣情を許す右手がそっと黙らす
(しま) 少し右上がりの癖が懐かしい青いインクの筆跡なぞる
037:牙(1〜25)
(横雲) 見上ぐれば老いて槎牙(さが)たる桐の木に淡き紫降るかの如し
(みずき)老獣の朽ちても残る象牙とふ身飾るものの一つに数ふ
(空音) 三日月が牙を剥いてる胸騒ぎ隠れるように家路を急ぐ
040:勉強(1〜25)
(ほたる) ふるさとの勉強机の中にまだいるかもしれない架空人物
(しま) 試験とか勉強よりも忘却の曲線が気になる一夜漬け
(葵の助)追い込みの受験勉強ひと休みすれば深夜のラジオ優しい
(たつかわ梨凰) 悩むにはまだ勉強が足りないと五月(さつき)のあおい風に聴こえる
(流川透明)勉強の合間に飲んだコーヒーとラジオの曲は覚えてるのに
41:喫(1〜25)
(薫智) 喫茶店待ってるだけで過ぎていくそんな時間も君との時間
(夏実麦太朗) 日曜の午前十時の喫茶店どっちつかずにサラダを食べる
(紫苑) 天井にひかりの反射ほの見えて喫水線に滲みくる蒼
(黒木うめ)喫茶店ばかりが並ぶ通りからぼくらは今日も抜け出せずにいる
(ほたる)水槽の中を魚がさ迷えば青くゆらめく喫煙ルーム
(みずき)一番茶満喫したる初夏の光が青く身ぬち降りつむ
(こはぎ) 別々に歩き始める場所として選んだ雨の日の喫茶店
042:稲(1〜25)
(紫苑)飛び起きて虚空を睨む猫の眸の奥に小さき稲妻はしる
(シュンイチ) あきらめた恋の終わりに稲の穂を小さく揺らす風になりたい
(黒木うめ) 稲光 見えたでしょうかあなたにも見えたでしょうか悲しくなくても
(遥)黄金に輝く稲穂眺めてもセシウムの文字浮かぶ悲しさ
043:輝(1〜25)
(夏実麦太朗) 猫よけのペットボトルは輝けり朝日のつぶを反射しながら
(平和也) 生徒らに目の輝きがないことをさばの目と呼ぶ数学教師
(紫苑)花びらのひとひら落つるその刹那ひづめるままに輝かむとす
(みずき)輝くを愛(かな)しと思ひし青春の一ページなる夏の高原
(こはぎ)黄昏に輝く駅のモニュメントさよならの嘘さえ美しく
(遥)君の眼の輝きの意味知りたくてつい引き留める冬の舗道で