題詠2012選歌集(その13)

選歌集・その13


001:今(147〜172)
(希) ふわふわの女子に憧れながらまた今日も頑固な黒髪を梳(と)く
(ケンイチ)人びとの離れゆく闇にゐ残りて今宵は白く纏まる吐息
(黒崎聡美)両頬を今すり抜けた風のなか春のにおいは確かにあった
佐藤紀子)連れ合ひを悪く言ふのはやめるとの今年の誓ひ時に忘れる
(文月郁葉) 今しがた戦を終えた落武者の貌あふれゆく丸ノ内線
005:点(113〜138)
ひぐらしひなつ) 点として手を振る 駅は暮れながらちいさく深い痛みを負って
(本間紫織)月のない闇にさらわれないようにひんやり光る点字ブロック
佐藤紀子)北極点の氷の上に立つ夢を夫はこのごろ口に出さない
009:程(84〜108)
(ヒラタアリ)ピアニカを吹いてきつねが真剣に空の音程たしかめている
ひぐらしひなつ) 結ばれる予感に満ちて音程のかすかに狂う春の陽のなか
(白亜)愛しあうまでの過程をひとつずつ確かめていく君のゆびさき
(本間紫織) あどけない少女が蝶に変わりゆくための過程でほどくみつあみ
011:揃(77〜101)
(湯山昌樹) 如月の末の大雪 街路樹に揃いの衣装着せてゆきたり
(北大路京介) お揃いのパジャマで寝たい僕が言い全裸主義だと君が言う夏
(中西なおみ) お揃いの夜を刻んでうたうとき 風から届く木のオルゴール
012:眉(81〜105)
(中西なおみ)画かれた下がり眉毛の番犬の下がり尾っぽのぜんまいの春
(希) 前髪に隠されている眉はまだ生まれたままのかたちを残す
013:逆(76〜100)
(五十嵐きよみ)スニーカー逆さに干して休日の陽のまぶしさにあとは任せる
(北爪沙苗)逆らった心焼くほど憂鬱なものを眺めていれば朝焼け
(黒崎立体) すなどけい逆さまにしてあの人のなみだが落ちてくるのを待った
(希)うつくしい幻想ばかり見ていたら逆さまつげが夢にささった
(本間紫織)いつまでも「いい人」だけの立ち位置も飽きて思わずふれる逆鱗
ひぐらしひなつ)夏草に背を汚しつつ逆光の人にすべてをゆだねてしまう
019:そっくり(54〜78)
(猫丘ひこ乃)そっくりに描かれてるかはわからない法廷の画の中のあいつは
(希) 甘くないけれど苦くはないらしいそんなわたしをそっくりあげる
(ぽたぽん)おにいちゃん!叱る口調がそっくりな娘がわたしを浮き上がらせる
(本間紫織)ハート型そっくりになるくせっ毛のきみのつむじも愛しい夜明け
ひぐらしひなつ)そっくりであること深き咎として父と子長き影を曵きゆく
020:劇(52〜76)
(mimi)その昔日劇の名の映画館小さな町の娯楽は消えた
(小夜こなた) 劇的なラストシーンを観たあとでいつもより淡い口づけをする
(吾妻誠一)朝飲んだバリウム重い土曜午後4チャンネルの新喜劇みる
(原田 町) 劇的なことは起こらずたんたんと連れそい来しよきみと見る梅
058:涙(1〜25)
(夏実麦太朗) 絵に描いた涙のかたちいつだってとんがる先は空を指してる
(みずき) からつぽの部屋と涙と思ひ出の真中に遠い冬日射しこむ
(流川透明) 悲しみは避けきれなくて今日もひとり涙色した海に来ている
061:企(1〜25) 
(蓮野 唯)企みの罠にかかっていく様を従順そうな顔で見ている