題詠2012選歌集(その16)

選歌集・その16

023:必(55〜80)
(酒井景二朗) 必讀書の塔の隙間に折れ曲がり微光の中で怠けてゐる春
(五十嵐きよみ)幸せと言うとき必ずくぐもってしまう「あ」の字の分だけ不安
024:玩(52〜77)
(希) 失っていいものだけを閉じ込めた玩具箱の名をパンドラと言う
(原田 町)無人機を玩具のように操ってときに誤爆もありうると聞く
(梅田啓子) 巻き髪を玩びつつ聞いている女はさらに腋窩をみせて
(七十路ばばの独り言)故郷の土蔵の二階の箱の中誰遊びしかブリキの玩具
026:シャワー(51〜75)
(本間紫織)温水のシャワーがやけに優しくて昨日の君が消えてくれない
(天国ななお) 飾り気のないベッドから抜け出してシャワーは街の音と溶け合う
(庭鳥)浴室の隅にうなだれ伏しているシャワーノズルが涙を流す
(七十路ばばの独り言)突然に夕立激しく降りたればシャワーシャワーと子ら駆け出しぬ
034:聞(28〜52)
(アンタレス)冬の夜半凍てつく靴音聞えきてオリオン輝く空に消えたり
(不孤不思議)老人(おいびと)の尽くる事なき繰り言を笑みて聞きをり立春の午後
(槐) 聞き返す言葉に「スキ」と笑む君に春の朝(あした)の光眩しく
(猫丘ひこ乃)口数が少ない君に会うときのわたしはいつも聞き役でいる
036:右(27〜51)
(芳立)かすめゆく鋼鉄群の風圧をうけて右折の信号に待つ
037:牙(26〜50)
(ありくし)約束の牙をあげよう たよりないおもいでとして紙につつんで
(粉粧楼)毒牙持つ夢に裂かれる夜更け過ぎ真昼の記憶闇に失う
(ケンイチ) 水無月葡萄牙(ぽるとぐある)にも雨ふれば君を忘れて市電(とらむ)は揺れり
(佐藤満八) 抱きあった体に触れるその声が 私の牙をまぁるくさせる
(希) 深々とあなたのこころを刺すために薄紅色の毒牙を隠す
038:的(26〜50)
(流川透明) 抱きしめるその腕さえも刹那的未来信じぬ愛もまた愛
(粉粧楼) 想い出は冬の標的凍らせて鮮やかなままそこに留まる
(tafots) さくらばな栄え少女らそれぞれの乳房に小さき的を具へて
068:巨(1〜26) 
(シュンイチ)はじめてをくりかえすたび思い出す駒田が巨人を出た日のことを
(秋月あまね) 喘ぎにも似たり巨木のうろの中吹き込む風のつくる絶唱.
(みずき) ふるさとの記憶の銀杏巨きくて小(ち)さき素足で踏みし夕焼け
(ほたる)絵本から出てきた巨人に躊躇なく話しかけてたこどもの世界
069:カレー(1〜25)
(平和也) 売り切れの目安が二時のカレーにはありつけるのかバスはまだ来ず
(蓮野 唯)スパイスがカレーの決め手になるように恋に入れよう嫉妬の棘を
(映子) 四畳半 裸電球 ちゃぶ台の  「カレー」 って名の 「しあわせ」 あった
(流川透明) カレーでも食べに行こうと誘われて少し気になる白いブラウス
071:籠(1〜25)
(夏実麦太朗) 自転車の籠に入ったチラシには明るい暮らしが保証されてる
(紫苑) 亡き魂を偲んであはし灯籠の火影は海へ遠ざかりゆく
(ほたる)幻のあなたが見えるテーブルでくだもの籠の林檎が腐る